あなたにも。

　彼はやさしい顔をして私に話した。
　
　「Sさんちに行くといつも心があたたかくなる。前に奥さんは、「これはHさんのタオルだから」って洗面所に置いてくれただよ。そのときは、これで手を拭いてくださいってことかなって思っていたんだ。でも、だんだんといつもそのタオルが置いてあって、ある日、奥さんは、これは「Hさん専用のタオルです。いい上等のタオルです。どうぞ使ってください」って笑顔で言うんだよ。
　それから、また何日か経って、ふと気が付いたんだよ。いつもタオルが置いてある場所の近くに二つタオルが用意されていたんだよ。それは自分とは違うスタッフ｛Hはその家にケアをしに行っている｝が行くこともあるから、自分が来たときにはその違うタオルを下げて、自分専用のタオルをいつもの場所に用意してくれるんだよ。それに気付いたとき、洗面所で胸に手を当てて何度もありがとうございます、ありがとうございます、ほんとうに自分だけのために用意してくれて、その細かな心遣いに胸があたたかくなり、目頭が熱くなったよ。
　そして、今日は廊下のストーブの前に何かがあったんだよ。それを近づいて良く見ると自分専用のタオルをストーブの前で、それ一つだけを乾かしていてくれてたんだよ。
　「Hさんのタオル乾いた！あたたかくしてあります！」ってとっても愛らしい顔で微笑みながら言ってくれたんだよ。そこまでしてくれる、そこまで自分のことを大切に思ってくれる心配りとそのあたたかな態度に、また洗面所で涙が溢れてきたよ。あの家族に出会えてほんとうに嬉しい。心から感謝している。帰り道であまりのあたたかさに涙が溢れてきたよ。何度も味わいなおしたよ。
こんなに嬉しくてあたたかな思い、誰かに伝えたくてさ」。

　一人ひとり違う存在で、一人ひとりの仕事がその人だけにしか出来ないかけがえのないものである。それは向こうが教えてくれるものである。

　その向こうとは目に見えるもの、目に見えないもの、人生そのものとも言えよう。

　彼のあたたかさは私の内側に広がり、伝わり、それは奥さんのあたたかさでもあり、彼のものでもあり、また、いまはもう話すことの出来ないSさんのものでもあるだろう。そのことをしっかりと味わい感じた。

　あなたにもあたたかさを。