私には鏡を使わなくても、私が満面の笑みを浮かべていることが分かっていた。
私はベンガル語を話す時、決まって満面の笑みになるのであった。
それはカルカッタの路上で瀕死の患者や貧しい人たちや子供たちに会った場合、必ず笑みを携えてベンガル語で会話をしていたからである。
たぶん初めて会うのだろう、バングラディッシュから来たシスターも私の話すベンガル語を聞いて驚き微笑んでいた。
ベンガル語を話す日本人を初めて見たのかも知れないと思った。
インド人かと思ったら、ニューギニアから来たシスターも居た。
このシスターはまだカルカッタのマザーハウスに行ったことがないと言ってた。
もちろんマザーにも会ったことがない。
このシスターのなかでマザーはどのように生きているのだろうか。
このシスターはどのようにしてマザーに出会ったのだろうか。
神秘に包まれた召命があったのだろう。
そんなことをマザーのサリーを見ると瞳に映るもの以上のものを感じずにはいられなかった。
シスターたちはインドのロックダウンの前にインドに戻ったダイスケ君のことを心配していた。
ダイスケ君は今年の一月の終りだったと思う、インドのボランティアを終えて、ビザのために一度日本に帰って着た時、シスターのところを何度か訪問していた。
私はダイスケ君から送ってもらった写真をスマホで見せた。
何枚も見せたが何か足りない気がした。
ビデオ通話を試みた。
行き成りのビデオ通話にダイスケ君が出てくれるか、分からなかったが、私が出来る最良のことだと考えた。
呼び出し音が止まると、スマホの右上に私の画面が出た。
ビデオ通話はカルカッタ{現コルカタ}と繋がった。
すぐにダイスケ君の顔を現れた。
私はダイスケ君を驚かすためにすぐにシスターたちの方に画面を向けた。
シスターたちはキャーキャー言い始め、驚き微笑み、そしてとても喜んでいた。
心配していたダイスケ君が小さなスマホの画面ではあるが微笑み、話しかけてくるのであった。
ダイスケ君もとても喜んでいた。
便利な時代だとつくづく思った。
私たちは小さな画面を通しての再会をとても喜んだ。
これもマザーの導きだったような気がした。