実は、僕には、長く遠距離恋愛をしているメグという女性がいる。
それを言い出せなくて・・・
迷っていた。
だって、そんなつもりじゃなかったんだ。
卑怯な言い方かも知れないけど、ケイとの出会いも、最初は、過去に何度かあった、刹那的なそれの一つに過ぎないと思っていたから。
いや、そんなにたくさんじゃない。
だって、離れている3年半の間に、3人だけ。
少しだけ親密になった程度のもので、それも長くはない。
最初は、大学2年生の春、学友がセッティングした合ハイの人数合わせにつきあっただけのこと。
相手は、国立音楽大学の1年生グループだった。
奥多摩でハイキングをして、夜は、新宿のacbで飲んだ。
僕は極力大人しくしていたのに、たまたま送って帰る電車の中で隣り合わせた女性と話が合った。
それは、腰の辺りまで伸びた綺麗なストレートの黒髪が素敵な子だった。
そう、僕がこれまでつきあったことのないタイプなんだ。
山梨県出身で、豊子という名で、トコという愛称で呼ばれているのだと教えられた。
それまで過ごした半日の間、一度も会話を交わさなかった遅れを取り戻すかのように僕たちはどんどん喋った。
が、やはり時間が足りない。
だから、次の機会に話の続きをしようと、ごく自然に電話番号を聞いた。
トコとは、その後何度か会った。
夕暮れ時の井の頭公園、夜の国立の喫茶店、昼下がりの国立音楽大学にほど近い彼女の部屋。
音大の生徒らしく、部屋にピアノがあって、荒井由美の曲を弾き語りしてくれた。
そのとき、特技を持ってるって、なんて素晴らしいことなんだと思った。
その点、僕はどうなんだろう?なんにもないんじゃないか?
そんな思いにも駆られた。
最後は、僕の部屋。
東高円寺の前に住んでいた、幡ヶ谷のみどり荘というアパートの一室だった。
ある雨上がりの夜、当時僕がバイトをしていた、幡ヶ谷駅前の稲毛屋という酒屋を出て、踏切を越え、その向こうにある甲州街道を越える歩道橋を渡り切り、階段を数段降りたところだった。
後ろで咳払いをする声がする。
思わず振り返ると、最上段に傘を持ったトコが立っていた。
「どうした、もしかして待ってたの?」と僕。
「うん、ちゃんと話がしたくて」とトコ。
実は、僕はその頃になって、メグに申し訳ないという気持ちが働いてきたんだ。
だから、わざと連絡を取らなくなった。
というのは、トコの部屋には電話があるが、僕の部屋にはそれがない。
なので、僕の方から電話を掛けなければ、連絡の取りようがない。
それをいいことに、自然消滅にしようかと思っていたんだ。
考えてみれば、随分と勝手な話だ。
それから、部屋に着くまでの道のりを、僕たちは無言のまま肩を並べて歩いた。
トコが僕の部屋に来るのはこれで二度目。
一度目は、新宿で合ハイに行ったメンバーと、再度飲んだ帰りに寄って、結局泊まって帰った。
僕のパジャマを着た姿がとても可愛かった。
でも、普通に一緒に寝ただけで、変なことはしなかった。
僕は、純粋だったし、トコは思いっきりウブだった。
しなきゃいいってもんでもないんだろうけど。
「もう随分、電話をくれないから来ちゃった」とトコ。
「・・・」僕は、どう言えばいいんだ。
「なんで電話をくれないの?」
「ごめん」
「謝られても困る」
「実は、田舎にステディがいる」
「・・・」
「このままいくと、君を傷つける」
「・・・」
「これまで言い出せなくて・・・」
「もう逢えないってこと?」
「うん・・・」
それから暫く辛い会話と沈黙が続いた。
やがて、トコは意を決したように立ち上がった。
「さようなら!」
肩越しに最後の言葉を静かに放つと、ドアを思い切り締めて、トコは出ていった。
テーブル代わりの炬燵の上に、涙を拭いたティッシュを残して。
我ながらひどいことをしたと思った。
でも、騙し続けることは出来なかったし、深みに入り込まない手前で修正したのは、浮気な僕のせめてもの誠意なんだ。
独りよがりと言われればそれまでだけど。
その後、学友は二度と僕を合ハイ、合コンに誘わなくなった。
次は、大学3年生の夏、いや、晩夏から初秋にかけて、というべきか。
東京の大学は、8、9月の丸々2ヶ月が夏休み。
その9月を丸々、北海道をヒッチハイクで一人旅をしたときのこと。
利尻島から礼文島へ渡る連絡船で一緒になった女性と、礼文島を歩いて回った。
肉感的で、フェロモンを撒き散らしている印象の女性が甲板に立って海を眺めていたので、つい声を掛けたのがきっかけだった。
札幌でバスガイドをしているらしい彼女は、勿論、その夜の宿泊先に予約を入れていた。
片や、僕は行き当たりバッタリの旅だった。
シーズン中なら出来ない芸当だけど、9月の北海道はそれが可能だった。
だから、同じ民宿に泊まることにした。
ついでに部屋も同じに・・・
札幌で再会の約束をして別れたが、結局、彼女は来なかった。
札幌ユースの電話口で、失意の僕の耳にどこからか流れてきたのは、「愛のメモリー」だった。
何枚か一緒に撮って貰った写真を送ってくれるという約束も果たされないまま、やがて彼女は僕の記憶から遠ざかっていった。
こういうのを、ゆきずりの女、というのだろうか。
最後は、大学4年生の春、埴生荘に引っ越したばかりの頃、階下の女性と親しくなった。
五つ年上の社会人。
猫を部屋に飼ってて、愛飲する煙草はハイライト。
そして、僕はチェリー、kissをして煙草の匂いで負ける女性は、後にも先にも彼女だけだった。
しかし、個性的な年上の女性は、存外うぶだった。
これもやはり、メグへの気持ちが暴走を止めた。
やがて彼女は引っ越していった。
初めからおかしなことにならなきゃいいじゃん。
そう、至極簡単で当たり前の理屈。
この理屈が、たまに、ホンのたまに通らないことがある。
結局、浮気な男なんじゃん。
それは否定出来ない。
でも、男なんてそんなもんじゃ?
ただ、僕は、移り気ではない。
たまにおいたもするけど、基本的にはメグ一筋だったし、ずっとそうである自信もあった。
それを、覆してしまったのが、ケイだったんだ・・・
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