市ヶ谷日記

喜寿を超えた老人です。日々感じたことを、過去のことも含めて、書き記しておこうと思います。

安倍退陣を迫るメディア、背後で操っているのは誰か。

2020-05-26 | 独吟
 最近の安倍総理に対する批判は苛烈である。安倍政治に対する批判でなく、安倍個人を標的にした批判である。民主的な手続きを経て選ばれた一国のリーダーを、これほどまでに扱き下ろしてもよいのかと思うほどの凄まじさである。
 視聴率狙いのテレビのワイドショーは連日、お笑いタレントや感染症の似非有識者を登場させて、安倍批判を繰り返している。新型コレラ対策では、死亡者数のデータ等を精査する限り、我が国が先進国中もっとも優れた実績を収めているのに、安倍批判は止まらない。
 最近では、これが更にエスカレートし、批判する舞台がテレビからSNSに広がり、登場する顔ぶれも俳優とか歌手とかといった芸能タレント(例えば、ラサール石井、小泉今日子、室井佑月、香山リカさん等)が加わるようになった。
 芸能タレントによる政権批判は、特殊の人を除けば、今まで無かった現象である。政治への関わりを控えていた芸能タレントが、ここに来て急に安倍批判を口にするようになったのは何故か。安倍批判は安倍退陣に繋がる。ポスト安倍の後継者を占いながら、こうした疑問への答えを妄想するのも面白いと考える。
 安倍退陣を迫る勢力としてまず考えられるのは、立憲民主党や共産党である。彼らが背後で糸を操り、芸能タレントを踊らせているという推理である。しかし、テレビ中継される国会審議から明らかなように、彼ら野党の人たちは、ワイドショーで展開される井戸端会議と同程度の議論しかできず、日本を良くしようとするアイデアも気概もないので、こうした工作を期待するのは無理である。
 もう一つ、芸能タレントを背後で操っていると思われるのは、安倍総理個人に集中攻撃を仕掛けている外国からの勢力である。ただし、今、SNSで安倍非難を展開している芸能タレントは、右から左まで広範囲に分布しており、確かなことは分からない。
 安倍批判を激化し、安倍政権にダメージを与えようとする人たちは、他にもいる。安倍総理の後継を狙う人たちである。彼らは、政権交代を早めるために、コロナ対策や検察庁の賭け麻雀事件で芸能タレントたちを総動員するという誘惑に駆られ易い。
 次期総理の最有力候補である石破茂氏はどうか。各種の世論調査で安倍後継の筆頭に挙げられている石破氏が、リスクを冒してまで、こうした筋の悪い手法を用いることはないと信じたい。
 一時、総理候補の呼び声の高かった小泉環境大臣は、クリステルさんとの出来ちゃった結婚で評価を落とした上に、コロナ対策では出鼻から躓き(2月の政府本部対策会議を欠席し、後援会の会合に出席)、足踏み状態にある。河野外務大臣も防衛省時代は精彩を放っていたが、コロナ対策等では発言の機会を失っている。その他、野田さんや岸田さんは、総理候補の声すらかからなくなっている。したがって、以上に挙げた人たちと芸能タレントの間には一線が画されており、タッグを組むことは難しいと思われる。
 それでは、芸能タレントを陰で操り、安倍総理の早期退陣を謀っているのは誰か。筆者は安倍政権の内部に潜んでいると確信する。安倍内閣がこれからも続き、その間に力を蓄える総理候補が現れるのを恐れる人である。政治の世界は一寸先が闇である。今、政府等が進めている「三密自粛」の被害者がフリーランサー(芸能タレント)であることを十分に承知している者が、芸能タレントを背後で動かす黒幕と睨んでいる。
 安倍総理には今、疲れが見え始めている。筆者は、安倍総理がコロナ対策や検察庁の賭け麻雀事件で政権を放り出してしまうことを心配している。それどころか、安倍総理の後継は安倍総理であることを願っている。安倍政権の続いた期間ほど外交分野において日本の存在感が向上したことはなかったし、安倍内閣の進めるコロナ対策の有効性が海外メディアで注目を集めていることから、安倍総理にはこれからも日本の舵取りをしていただきたいと思うからである。

次期WHO事務局長は「尾身茂」氏。日本は総力を挙げてその実現に努めるべきである。

2020-05-26 | 独吟
 コロナウィルスの蔓延とともに、「尾身茂」という名前がテレビや新聞を賑わすようになった。いうまでもなく、新型コロナウィルス感染症対策専門家会議の副座長であり、安倍首相の記者会見に感染症の専門家として同伴する、厚生労働省の元医系技官である。
 尾身氏の経歴を瞥見すると、この人が立身出世街道を一直線に歩んで来たのでなく、これまでどちらかといえば紆余曲折の人生を経て来たことが分かる。
 尾身氏は、若い頃「東大を出て外交官になる」希望を抱いていたらしい。教育大学(現・筑波大学)付属駒場高校の在学中に、AFS交換留学生として米国に留学している。当時は今のように自由に円を外貨に交換できる時代でなく、留学するには難しい試験をパスし、ドルなどの外貨奨学金を得なければならなかった。
 尾身氏が留学から帰国し東大受験を目指した1969年、大学紛争で東京大学の入学試験が取り止めとなり、やむなく慶應義塾大学法学部に入学したが、その3年後の1972年には、医師になることを志し、自治医科大学に入学し直している。
 自治医科大学は1972年の創設でその年に初めて学生を募集していた。当時、無医村の存在が大きな社会問題になっていて、全国の都道府県が資金を拠出し合い、創設したのが自治医科大学である。そうした特異な過程を経て創られた自治医科大学は、入学試験を一次は都道府県が、二次は自治医科大学が行い、入学できるのは各都道府県選抜の2~3名であった。全寮制で、入学後の諸費用(学費および生活)には奨学金が付与された(卒業後9年間、出身都道府県の職員となり、医師として勤務すれば、返済を免除される)。
 こうしたことから尾身氏も、自治医科大学卒業後、1978年から1986年までの間、東京都衛生局の医系技官として都の島しょ部で勤務している。奨学金返済の義務年限を過ぎた1989年、当時の厚生省に転籍し、1990年には東京都時代の僻地医療の経験を活かしてマニラにあるWHO(世界保健機構)の西太平洋地域事務局に入った。
 事務局ではポリオの根絶事業や感染症対策等に従事し、事務局内での人望も高かったことから、1998年、WHOの西太平洋地域事務局長の選挙に立候補した。
 実はこの選挙が大変だったのである。よく知られているように、国連事務局をはじめ国際機関で働く公務員の人事は、そこでの働きの成績により昇進するわけでなく、特にトップともなれば加盟国の投票で選ばれることになっている。事務局長のポストは希望者が多く(特に、後進国からの)、競争が激しくて、しばしば我が国の公職選挙では禁じられているようなことが大々的に行われている。
 この間の事情は、我が国の事業会社が外国政府発注の大規模プロジェクトの入札で中国や韓国の企業に敗れるのと同じである。日本企業は、我が国のマスメディアからの非難を恐れて、日本における公共事業の入札と同様な受注競争をし、受注に敗れるのである。
 WHOの西太平洋地域事務局長の選挙は、域内のオーストラリア、カンボジア、中国、フィジー、日本、マレーシア、フィリピン、韓国、トンガ、ベトナム等の27ヶ国、それにフランス、ポルトガル、英国および米国が加わり、31ヶ国の投票で決まる。各国の持ち票はそれぞれ1票である。この時の選挙では、尾身氏ゆかりの人たちが資金を出し合い、選挙工作に使ったようで、見事5代事務局長に選出され、翌年1999年2月、西太平洋地域事務局長に就任した。
 しかし、2006年のWHO事務局長の急逝に伴う事務局長選挙では、日本政府の擁立にもかかわらず、残念ながら香港出身のマーガレット・チャン氏に敗れた。中国政府の猛烈な選挙運動により尾身氏に投票してくれるはずであったアフリカ諸国の票が切り崩され、相手候補に流れてしまったからである。この時の選挙はまさしく「機関銃で装備した相手に竹やりで挑んだ」と揶揄されるような選挙戦であり、尾身氏はこの敗北を涙を流して悔しがったと言われている。
 今、WHOは1948年の発足以来最大の危機を迎えている。中国を震源とする新型コロナウィルスがパンデミック化するに伴い、WHOの対応が問題になっているのである。中でもテドロス・アダノム事務局長をめぐっては、毀誉褒貶が激しく、米国のトランプ大統領にいたっては、「中国の操り人形」と酷評している。
 米国はWHOへの拠出金第1位の国であるが、トランプ大統領は、拠出金の停止を宣言し、WHOからの脱退すら言い始めている。しかし、WHOは、感染症から世界の人々の健康と命を守る上で欠くことのできない国際組織であり、その存続を図らなければならない。
 WHOへの拠出金は、米国に次いで中国が第2位、日本は第3位である。第1位の米国と第2位の中国が争っている時、WHOの立直しに努めるのは日本の責務と考える。そして、WHOの立直しには事務局長の更迭は必至であり、日本政府は総力を挙げて日本人事務局長の実現に努めるべきである。そして、新たな事務局長は、先進国において唯一新型コロナ対策を成功に導いた「尾身茂」氏をおいて他にないと確信する。日本メディアの論調とは異なるが、外国メディアは日本のコロナ対策の成功をほのめかしており、このことは早晩、世界の医学界において認められるはずである。 
 また、日本は「軍備を持たない平和国家」を掲げて他国との関係を構築しているが、この国是は内向きであることを否めず、これに加えて「感染症を根絶する平和国家」としての顔も露出すべきである。若かりし頃外交官を夢見ていた尾身氏は、こうした日本国民の期待に十分に応えてくれるものと確信する。
 最後に、WHO事務局長の選任は加盟国の投票により決められることとなるが、この事務局長選挙においては前回経験したような轍を踏むべきではないと考える。先にも触れたように、国際公務員を決定する選挙は、日本の公職選挙のようなキレイ事では済まない部分があり、このことを良識を掲げるマスメディアや有識の評論家は心して日本国民をリードすべきであることを願う。

コロナ対策経費、いったい誰が負担するのか。

2020-05-12 | 独吟
 新型コロナの猛威がようやくピークを越えようとしている。しかし、新型コロナウィルスのもたらしたダメージは甚大であり、損傷した経済の立て直しに要する経費は今後うなぎ登りに増嵩するであろう。
 政府は、国民一人当たり一律10万円給付を手始めに、事業者に対する持続化給付金(法人200万円、個人100万円)、従業員の雇用を維持する事業主への雇用調整助成金(一人1日8,330円)、小学校等の臨時休校に伴い労働者に有給休暇を認めた事業主(労働者一人1日上限8,330円)や仕事ができなくなった個人(フリーランス1日上限4,100円)に対する休業補償等々の実施を決定している。また、東京や大阪などの地方公共団体においても、地域の実情に応じて感染防止協力金支給等の事業を行おうとしている。
 こうした国および地方公共団体が行う支援事業に要する財源は、いったい誰が負担するのか。コロナ対策に熱心な政党や政治家、そして政府の対応に関し声高に非難しているマスコミも、口を噤んで何も言おうとしていないが、答えは単純明快、我々一般国民が税金という形で負担するしかないのである。筆者は、コロナ対策にかかわる事業の実施、そしてその財源負担という二つの局面において、壮大かつ不公平な所得移転が行われることを危惧している。
 我が国の税制度を揶揄する言葉に「十五三(とうごさん)」というのがある。サラリーマンは所得の10割に税金がかけられるが、自営業者は所得の5割、農家は所得の3割にしか税金がかけられていないという意味である(これは甘い見方で、実際の格差はもっと大きい)。今回のコロナ対策事業では、一律10万円支給の特別定額給付金を別とすれば、ほとんどの支援事業が税負担においてサラリーマンより優遇されている個人の零細事業者(この中には、フリーランサーとして一括されているが、テレビ等で活躍のタレント等が含まれている)や元農家の不動産賃貸業者を対象とするものであり、結果として、納税の義務をきちんと果たしているサラリーマンのお金が納税段階でいろいろ節税(脱税?)できる富裕な人たちに流れるという、極めて不公平な構図が浮かび上がって来る。
 負担についてのもう一つの問題は、国が必要としている財源14兆円のほとんどが国債の発行で調達されるということである。都道府県においても、各団体によって差異はあるが、おおむね経費の大部分は地方債で賄うことになる。これら国債、地方債は30~50年後の税金で償還されるわけであり、これも世代間を通じての大きな不公平を生み出すことになる。
 政府および地方公共団体は、今回の新型コロナウィルスの災禍を収束させるため国民の税金を湯水のごとく使おうとしているが、筆者は、これら各種支援事業の実施に当たっては、慎重の上にも慎重にことを進めていく必要があり、間違っても現行の税制度に内在する歪みを更に酷くするようなことがあってはならないと考える。