平成23年8月までの一年あまり、72歳の主人公、上谷伊佐夫の心のありようを描いた作品。東京の国立の生まれの伊佐夫は、大学で地質学を勉強したあと奈良のシャープに就職、同社の葛城工場に勤務していたときに大宇陀の旧家上谷家の入り婿となる。代々の上谷家の女性は器量好しである一方で、亭主に飽き足らず外に男をつくるという血が流れているらしい。妻昭代も例に漏れず不行跡の疑いがあるなか交通事故で植物人間となる。その妻の死から一年、娘の陽子は離婚のあと孫を伴いアメリカに渡る。照代の妹の久代は近在の羽振りのよい土建業者に嫁いでいたが亭主は急死。久代は実家である上谷家に以前に増して頻繁に出入りするようになり、奇妙な共同生活が始まる。主人公の特筆すべきことは何もない田舎の暮らしが、ほんとうは薄氷を踏むように脆いものであったのは、自分のせいか、妻のせいか。その妻を看取り古希を迎えた伊佐夫は、残された棚田で黙々と米をつくる。青葉アルコールと青葉アルデヒド、テルペン系化合物の混じった稲の匂いで鼻腔が膨らむ。今年の光合成の成果を測っていた。妻の不貞と死の謎、村人への違和感を飼い馴らす日々。その果てに、さまよう男の心理によりそうように読んでいると、彼が自然の中で生きているゆるやかな時間の流れが、こちらにも伝わってくる不思議な感覚が味わえる。そして、大震災と原発事故が起こり、土になろうとした男を大異変が襲う。それでもこれを天命と呼ぶべきなのか、ラストの記述に茫然、愕然、絶句。ミステリー作家時代の高村薫のイメージが強く、最近の高村薫の作品と同じく、分かりづらく読み難いが故郷に近い懐かしい地名が繁茂に出てきて読むことが出来た。
「人間のしたことは人間の手でなんとかするほかなく、何も出来なくなったときは耐えるほかはない。」(下卷P91)
2016年11月新潮社刊
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます