コメディアン上がりのワイドショー司会者、デビッド・フロスト。その男が更に成り上がるための踏み台として選んだ男、それがリチャード・ニクソンだった。当時、ニクソンはウォーターデート事件で大統領の職を辞任したばかりで、その後を継いだ大統領ジェラルド・フォードが恩赦を決めたため一切の罪に問われることなく、また本人も謝罪の言葉を口にすることもなく沈黙を守っていたため、アメリカ国民の怒りを買っていた。そこに目をつけたフロストはニクソンとの単独インタビューを企画。この企画を成功させることで、一気にアメリカテレビ界へと進出することを目論んだ。だが一方、このインタビューはニクソンにとっても再び政治的な力を手にする最後の、そして最大の機会と映った。ニクソンはフロストとの単独インタビューを受諾。しかし、フロストは頼りにしていたスポンサーが次々と降りてしまい、多額の借金を負うことになる。一方のニクソンは政治家としてギリギリの崖っぷちに立たされている。かくして、フロストとニクソン、2人の男の人生を賭けた、インタビューという名の死闘が始まる。
『フロスト×ニクソン』は、過去実際に行われたフロストとニクソンのインタビューの裏側をフィクションを交えながら描いた、トニー賞にノミネートされた舞台劇の映画化である。
『フロスト×ニクソン』公式HP
観に行ったのは月曜の午前。場所は日比谷のTOHOシャンテ(旧日比谷シャンテ)。まさか月曜の昼前に映画館の前に行列ができてるとは思わなかった。学校は今、春休みだから、学生が並んでるというのならわかるが、並んでるのはいい年した大人ばかり。明らかにサラリーマン風のオジサンもいたりして、「アンタら、仕事しなくていいの?」と聞きたくなってしまう。え? ウチ? ウチは月曜は夕方からなんで…。そうか、月曜を休みにしているところも多いのかな? でも、平日の真昼間に映画館の前に並んでる人を見てると、「底の見えない、この世界的な経済危機を乗り切るために、政府は緊急の経済対策を…」なんてテレビのニュースが妙に現実感なく感じられてしまう。
ところで…初の黒人大統領となったオバマに関して「オバマはブラック・ケネディになれるか」というタイトルの記事があった。私はその記事を読んでいないので何が書かれていたのかまでは知らないが、このタイトルには非常に考えさせられるものがあった。ジョン・F・ケネディは言わずと知れた、歴代のアメリカ大統領の中でも今なお大きな尊敬を集める1人だ。だが、ケネディは大統領としてほとんど何の実績も上げていなかったことを世の人々は知っているだろうか? そしてケネディとニクソンの不思議な関係についても?
ケネディは1期目の途中で暗殺されてしまい、大統領職にあったのは1961年1月から1963年11月までの約2年11ヶ月でしかないので、実績云々を論じることはフェアではないかもしれない。しかし、ケネディを考える上で、この「大統領として何の実績も持っていない」という事実を避けて通ることはできない。例えば、ケネディと言えばキューバ危機を見事に回避したことで評価されてきたが、近年の研究では、キューバ危機が回避されたのはケネディとフルシチョフの冷静な判断によるものではなく(もちろん、そうした要素が全く無関係だったとは言えないが)、単なる偶然にすぎなかったことが明らかになってきている(クレムリンの元に届いた誤報をソ連首脳部が「アメリカは開戦を決断した」と誤って解釈し、あわててアメリカにキューバのミサイル撤去を通告したことで危機が回避された)。
ケネディが今なお尊敬される理由は、米ソ冷戦の最中、ベトナム戦争が泥沼化し「アメリカの正義」が大きく失墜したあの時代に、アメリカ国民に対してニューフロンティアという言葉でアメリカの夢を語り、未来のビジョンを示したことによる。だが彼は美しい言葉とビジョンだけを残して去った。その「ケネディの遺産」を引き継ぎ、それを実現させたのがニクソンである。ベトナム戦争終結、中国との国交回復、アポロ11号による月面到達、…それらは全てニクソン政権が実現させたことだ。
夢だけを語って去ったケネディが今なお人気を集め、その夢を実現させたニクソンが今なおアメリカ国民から軽蔑されているところに、アメリカという国の歴史の大いなる皮肉がある。
アンソニー・ホプキンスがニクソンを演じた、オリバー・ストーン監督1995年の映画『ニクソン』は、そのニクソンの孤独をクッキリと浮かび上がらせていた。その中には、労働者階級の出身だったことが彼の大きなコンプレックスであり続けたことが描かれている。そのコンプレックスを払拭するために、彼は大統領として誰よりも実績にこだわり、その結果、並外れた成果を上げることができたのだが、最後まで国民の尊敬を勝ち得ることはできなかった。映画『ニクソン』の中のニクソンは、労働者階級の出身という過去を振り切ろうとしてもがき、走り続けながら、その過去の影に飲み込まれてしまった男だ。そのニクソンが『フロスト×ニクソン』の中のニクソンとも重なる。実際、『フロスト×ニクソン』は『ニクソン』の後日談に当たるものなので、(ニクソンを演じている俳優は異なるが)『ニクソン』も合わせて見ることをオススメする。
…まぁそんなわけで、「オバマはブラック・ケネディになれるか」というタイトルには、(記者がそこまでの意味を込めたのかどうかは別として)何か非常に意味深長なものを感じてしまうのだ。
『フロスト×ニクソン』は、過去実際に行われたフロストとニクソンのインタビューの裏側をフィクションを交えながら描いた、トニー賞にノミネートされた舞台劇の映画化である。
『フロスト×ニクソン』公式HP
観に行ったのは月曜の午前。場所は日比谷のTOHOシャンテ(旧日比谷シャンテ)。まさか月曜の昼前に映画館の前に行列ができてるとは思わなかった。学校は今、春休みだから、学生が並んでるというのならわかるが、並んでるのはいい年した大人ばかり。明らかにサラリーマン風のオジサンもいたりして、「アンタら、仕事しなくていいの?」と聞きたくなってしまう。え? ウチ? ウチは月曜は夕方からなんで…。そうか、月曜を休みにしているところも多いのかな? でも、平日の真昼間に映画館の前に並んでる人を見てると、「底の見えない、この世界的な経済危機を乗り切るために、政府は緊急の経済対策を…」なんてテレビのニュースが妙に現実感なく感じられてしまう。
ところで…初の黒人大統領となったオバマに関して「オバマはブラック・ケネディになれるか」というタイトルの記事があった。私はその記事を読んでいないので何が書かれていたのかまでは知らないが、このタイトルには非常に考えさせられるものがあった。ジョン・F・ケネディは言わずと知れた、歴代のアメリカ大統領の中でも今なお大きな尊敬を集める1人だ。だが、ケネディは大統領としてほとんど何の実績も上げていなかったことを世の人々は知っているだろうか? そしてケネディとニクソンの不思議な関係についても?
ケネディは1期目の途中で暗殺されてしまい、大統領職にあったのは1961年1月から1963年11月までの約2年11ヶ月でしかないので、実績云々を論じることはフェアではないかもしれない。しかし、ケネディを考える上で、この「大統領として何の実績も持っていない」という事実を避けて通ることはできない。例えば、ケネディと言えばキューバ危機を見事に回避したことで評価されてきたが、近年の研究では、キューバ危機が回避されたのはケネディとフルシチョフの冷静な判断によるものではなく(もちろん、そうした要素が全く無関係だったとは言えないが)、単なる偶然にすぎなかったことが明らかになってきている(クレムリンの元に届いた誤報をソ連首脳部が「アメリカは開戦を決断した」と誤って解釈し、あわててアメリカにキューバのミサイル撤去を通告したことで危機が回避された)。
ケネディが今なお尊敬される理由は、米ソ冷戦の最中、ベトナム戦争が泥沼化し「アメリカの正義」が大きく失墜したあの時代に、アメリカ国民に対してニューフロンティアという言葉でアメリカの夢を語り、未来のビジョンを示したことによる。だが彼は美しい言葉とビジョンだけを残して去った。その「ケネディの遺産」を引き継ぎ、それを実現させたのがニクソンである。ベトナム戦争終結、中国との国交回復、アポロ11号による月面到達、…それらは全てニクソン政権が実現させたことだ。
夢だけを語って去ったケネディが今なお人気を集め、その夢を実現させたニクソンが今なおアメリカ国民から軽蔑されているところに、アメリカという国の歴史の大いなる皮肉がある。
アンソニー・ホプキンスがニクソンを演じた、オリバー・ストーン監督1995年の映画『ニクソン』は、そのニクソンの孤独をクッキリと浮かび上がらせていた。その中には、労働者階級の出身だったことが彼の大きなコンプレックスであり続けたことが描かれている。そのコンプレックスを払拭するために、彼は大統領として誰よりも実績にこだわり、その結果、並外れた成果を上げることができたのだが、最後まで国民の尊敬を勝ち得ることはできなかった。映画『ニクソン』の中のニクソンは、労働者階級の出身という過去を振り切ろうとしてもがき、走り続けながら、その過去の影に飲み込まれてしまった男だ。そのニクソンが『フロスト×ニクソン』の中のニクソンとも重なる。実際、『フロスト×ニクソン』は『ニクソン』の後日談に当たるものなので、(ニクソンを演じている俳優は異なるが)『ニクソン』も合わせて見ることをオススメする。
…まぁそんなわけで、「オバマはブラック・ケネディになれるか」というタイトルには、(記者がそこまでの意味を込めたのかどうかは別として)何か非常に意味深長なものを感じてしまうのだ。
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