【1980年】(1囘生)
クボタさんより手紙
土曜日。
クボタさんは、高校山岳部の先輩。
私が1年生の時3年生で部長だつた。
彼は夏山合宿に參加しなかつたので、一緒に山に登つたのは新歡山行と澤登りだけ。
澤は登つた澤が違ひ下山が一緒だつただけなので、實質的には新歡山行だけと云つてもいい。
それでも、後輩の面倒見の良い人だつた。
部員の間で廻してゐた落書き帳のやうなノートがあつて、そこに2年生のテラモトさんが修學旅行での失戀を書いた。
するとクボタさんは、「いのち短し 恋せよテラモト」と 『ゴンドラの唄』 の替へ歌を作つてテラモトさんを勵ましたのであつた。
おそらく、この時の手紙も、私を力づけるための手紙だつたのだらう。
【1981年】(2囘生)
HよりTel (1年ぶり以上!)
ミトモ、コロス!!
洗濯
日曜日。
Hといふのは、 前年5月25日にふられた 相手。
そのショックをずるずると引き摺つてゐた私だつたが、何とか忘れられるやうになつたところに電話がかかつて來た。
378日ぶりの電話だ。
嬉しいと云ふより、戸惑つたといふのが正直な氣持ちだつた。
内容はといふと、小學校で同級生だつたミトモが彼女のもとに突然遊びに來たといふこと。
ミトモは私にとつては中學でも同級生で、高校ではクラスは違つたものの同じ高校に通つてゐたといふ、それなりに近しい間柄。
そのミトモが關西に遊びに來たにも關はらず、何の挨拶もないといふのが腹立たしかつた。
「コロス!!」などと書いてゐるが、この時點ではそれほどのことはない。
私の愛讀書 『男おいどん』 の口癖が影響したのだらう。
ただし、後々、ミトモの口からとんでもないことを聞かされることになる。
その時は、眞劍にミトモを憎んだ。
<追記>
手帳の後ろのはうに書かれてゐた。
やつとの思ひでふつきれたといふのに酷い女だ・・・
Do forget!
【1983年】(4囘生)
ハーネス・ケストナー(Org) Sym.H
濱川 休講
火曜日。
ハーネス・ケストナーといふオルガニストはまるで知らない。
シンフォニーホールのオルガンを聽いてみたかつた。
ただ、それだけだつたのだらう。
結局、行かなかつた。
5コマ目が國文(研究)の濱川さんの講座。
確か京都女子大の助教授か教授で、講師として出張講義をしてくれてゐたのだつたと思ふ。
テーマは、前年が梶井基次郎で、この年は中島敦だつた。
梶井も中島敦も好きな作家だつたので、私にしては珍しく、熱心に出席してゐた。
休講したら殘念な講義といふのは、さうさうなかつた。
クボタさんより手紙
土曜日。
クボタさんは、高校山岳部の先輩。
私が1年生の時3年生で部長だつた。
彼は夏山合宿に參加しなかつたので、一緒に山に登つたのは新歡山行と澤登りだけ。
澤は登つた澤が違ひ下山が一緒だつただけなので、實質的には新歡山行だけと云つてもいい。
それでも、後輩の面倒見の良い人だつた。
部員の間で廻してゐた落書き帳のやうなノートがあつて、そこに2年生のテラモトさんが修學旅行での失戀を書いた。
するとクボタさんは、「いのち短し 恋せよテラモト」と 『ゴンドラの唄』 の替へ歌を作つてテラモトさんを勵ましたのであつた。
おそらく、この時の手紙も、私を力づけるための手紙だつたのだらう。
【1981年】(2囘生)
HよりTel (1年ぶり以上!)
ミトモ、コロス!!
洗濯
日曜日。
Hといふのは、 前年5月25日にふられた 相手。
そのショックをずるずると引き摺つてゐた私だつたが、何とか忘れられるやうになつたところに電話がかかつて來た。
378日ぶりの電話だ。
嬉しいと云ふより、戸惑つたといふのが正直な氣持ちだつた。
内容はといふと、小學校で同級生だつたミトモが彼女のもとに突然遊びに來たといふこと。
ミトモは私にとつては中學でも同級生で、高校ではクラスは違つたものの同じ高校に通つてゐたといふ、それなりに近しい間柄。
そのミトモが關西に遊びに來たにも關はらず、何の挨拶もないといふのが腹立たしかつた。
「コロス!!」などと書いてゐるが、この時點ではそれほどのことはない。
私の愛讀書 『男おいどん』 の口癖が影響したのだらう。
ただし、後々、ミトモの口からとんでもないことを聞かされることになる。
その時は、眞劍にミトモを憎んだ。
男おいどん (1) (講談社漫画文庫) | |
松本 零士 | |
講談社 |
<追記>
手帳の後ろのはうに書かれてゐた。
やつとの思ひでふつきれたといふのに酷い女だ・・・
Do forget!
【1983年】(4囘生)
濱川 休講
火曜日。
ハーネス・ケストナーといふオルガニストはまるで知らない。
シンフォニーホールのオルガンを聽いてみたかつた。
ただ、それだけだつたのだらう。
結局、行かなかつた。
5コマ目が國文(研究)の濱川さんの講座。
確か京都女子大の助教授か教授で、講師として出張講義をしてくれてゐたのだつたと思ふ。
テーマは、前年が梶井基次郎で、この年は中島敦だつた。
梶井も中島敦も好きな作家だつたので、私にしては珍しく、熱心に出席してゐた。
休講したら殘念な講義といふのは、さうさうなかつた。
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