昨日、今日と、再就職して以来初めての連休。
一人きりだということを改めて思い知らされた連休だった。
午後3時が近づいてくると、「あ、そろそろ穂高を散歩に連れていかなくては」と思う。
そして次の瞬間、「ああ、もう穂高はいないんだった」と気付く。
この1年半あまり、殆ど毎日穂高と散歩していたので、体内時計が穂高の散歩時間に反応してしまうのだ。
それだけではない。
TVを見ていても、ふとした時に足元に穂高がいるような気になってしまう。
センターテーブルの下で寝ている穂高を蹴飛ばさないように、足を縮めている自分に気づいて、かなしくなる。
いまもそうだ。
風呂から上がってキッチンの電気を消して2階に上がる時、暗いリビングに向かって「おやすみ、ほだ(穂高)」と言いそうになる。
毎日の習慣は一朝一夕には抜けてくれない。
金曜日の朝、玄関で靴紐を結んでいたら、穂高が見送りに出てきて私の横顔を舐めてくれた。
いつもは見送りには出てきても顔を舐めてくれることは殆んどないのだが、穂高にも別れの気配が伝わったのだろうか。
「ほだ(穂高)、ありがとな」
帰宅して、真っ暗な玄関に立ち、「ただいま」と呟く。
そんなことはないとわかっていても、穂高が尻尾をふりふり出て来てくれるのではないかと思ってしまった。
思えば8年半前に穂高が我が家にやってきて以来、わたしのそばにはいつも穂高がいた。
私が家を離れているときは別だが、私が家にいるのに穂高がいないということはなかった。
穂高がそばにいるのがあたりまえの毎日だった。
いなくなって初めてわかった。
この8年半の間、どんなに穂高に癒されていたことか。
あたりまえだと思っていたことが、じつはあたりまえではなく、幸せなことだったのだと気づく。
まだ、たった2日。
これから先、いったい私はこの喪失感に慣れることが出来るのだろうか・・・

2010年11月20日 撮影
一人きりだということを改めて思い知らされた連休だった。
午後3時が近づいてくると、「あ、そろそろ穂高を散歩に連れていかなくては」と思う。
そして次の瞬間、「ああ、もう穂高はいないんだった」と気付く。
この1年半あまり、殆ど毎日穂高と散歩していたので、体内時計が穂高の散歩時間に反応してしまうのだ。
それだけではない。
TVを見ていても、ふとした時に足元に穂高がいるような気になってしまう。
センターテーブルの下で寝ている穂高を蹴飛ばさないように、足を縮めている自分に気づいて、かなしくなる。
いまもそうだ。
風呂から上がってキッチンの電気を消して2階に上がる時、暗いリビングに向かって「おやすみ、ほだ(穂高)」と言いそうになる。
毎日の習慣は一朝一夕には抜けてくれない。
金曜日の朝、玄関で靴紐を結んでいたら、穂高が見送りに出てきて私の横顔を舐めてくれた。
いつもは見送りには出てきても顔を舐めてくれることは殆んどないのだが、穂高にも別れの気配が伝わったのだろうか。
「ほだ(穂高)、ありがとな」
帰宅して、真っ暗な玄関に立ち、「ただいま」と呟く。
そんなことはないとわかっていても、穂高が尻尾をふりふり出て来てくれるのではないかと思ってしまった。
思えば8年半前に穂高が我が家にやってきて以来、わたしのそばにはいつも穂高がいた。
私が家を離れているときは別だが、私が家にいるのに穂高がいないということはなかった。
穂高がそばにいるのがあたりまえの毎日だった。
いなくなって初めてわかった。
この8年半の間、どんなに穂高に癒されていたことか。
あたりまえだと思っていたことが、じつはあたりまえではなく、幸せなことだったのだと気づく。
まだ、たった2日。
これから先、いったい私はこの喪失感に慣れることが出来るのだろうか・・・

2010年11月20日 撮影
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