中年おじさんの散策part2-2

東京以外の散策を紹介します。

横浜-146 横浜天主堂跡碑

2016-06-22 23:21:18 | 横浜

ブログは「中年おじさんの散策」2の継続版です

 

20160315 中華街
神奈川県横浜市中区山下町
    横浜天主堂跡碑
  ここにかつて横浜天主堂が存在した。1857年(安政4年)にパリ外国宣教会から日本管区長代理で指名された通訳としてジラール神父が1860年(万延元年)に横浜居留地80番地(現 山下町80)聖堂建設所有地の借地権を取得した。当時の横浜はまだ禁教であったが、外国人居留地内では教会建設は許されていた。1862年(文久2年)1月12日に横浜開港後の日本で初めてキリスト教会が建設されたのがここであった。その当時は、居留外国人への布教活動に力をいれていたという。教会はその後1906年(明治39年)に山手へ場所を移す。それが現在の山手カトリック教会の始まりである。1962年(昭和37年)横浜に天主堂が出来た日を日本におけるキリスト教再建の日とし、その100年後に記念として天主堂跡に記念碑が建てられた。キリスト像の土台のレリーフには当時の横浜天主堂が模られている。レリーフを見れば当時の横浜天主堂の風景が分かる。           その1
※こころないたづらであろう「襟巻き」がつけられていた。 

 

 

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中年夫婦の外食 2016/05/09 05:19:00

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横浜-145 横浜人形の家

2016-06-22 07:11:51 | 横浜

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20160315 中華街
神奈川県横浜市中区山下町
      横浜人形の家
  横浜人形の家(よこはまにんぎょうのいえ、英: Yokohama Doll Museum)は、神奈川県横浜市中区山下町18にある博物館。世界141カ国・1万3千点以上の人形と人形に関する資料を所蔵。日本国内外の人形の展示も行っている。運営は公益財団法人横浜観光コンベンション・ビューロー横浜人形の家。
  建築設計は坂倉建築研究所、施工は竹中工務店・日成建設[2]。展示コンセプトは「横浜発・世界の人形ふれあいクルーズ」。常設展示室のほか、企画展示室や、人形劇を主に開催している『あかいくつ劇場』、ショップ、カフェ等がある。館長は初代が兼高かおる(開館時 - 2006年)、2代目は石坂浩二(2006年 -)。 1986年竣工。横浜人形の家の前には山下公園方面に伸びている「ポーリン橋」がかかっており、橋の手前には西前小学校に寄贈された青い目の人形の「ポーリン」の銅像がある。反対側には「フランス橋」がかかっており、港の見える丘公園へ通じている。

 

 

 

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横浜-144 港町魚市場跡 横浜市庁舎

2016-06-22 07:09:01 | 横浜

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20160315 横浜 碑
神奈川県横浜市中区港町
横浜市庁舎
      港町魚市場跡
明治四年神奈川県令陸奥宗光は高嶋嘉右衛門に市場開設を許可す。明治七年高嶋嘉右衛門は更に船便良き港町に市場を移す。明治四十二年嘉右衛門の代横浜港町魚問屋組合長太田徳次郎は横浜食品市場株式会壮を設立し市場一切を買収し水産物青果物問屋に店舗を貸し日増しに繁昌せり。然るに昭和六年横浜市中央卸売市場開場に伴ひ業者全部新市場に入場し土地千二百七十坪横浜市に譲渡せり。
本年は十月、五十周年を目出度く迎えらる、当時の横浜食品市場会社社長太田徳次郎専務岡田岩蔵常務畠山国太郎取締役落合三次郎、新井万次郎、石黒久次郎、吉橋龍太郎、いづ兼料亭千登世、八百政吉兼あらゐ屋可祢田等其の後続き居る業者半数に及ぶ魚河岸関係者八十余名にて青果業有力者八百友、八百信、八百清、八百吉商店五十周年を迎えて記念として碑を建立す。「碑文より」 

 

 

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