前回の流れと勢いのまま,今日も選手紹介
今日もまた大物,参ります
今回紹介するのは松崎キミ代
1938年に香川県に生まれ,1960年代前半を中心に,日本卓球界の黄金時代を支えた選手の1人である。
戦型はペン表ソフト速攻型で,バックハンドも振りながら,打撃戦を得意としていた。
1959年と63年にそれぞれ世界チャンピオンになっているが,そこに至るまでの最大の要因は,前回紹介した江口冨士枝にも似た,負けず嫌いな性格にあった。
両親からの反対を押しのけ,名門・専修大学に進んでからは,男に勝るとも劣らないほどに,日々鍛錬に励んだという。
現役を引退してもなお,努力の大切さを守る考えは変わらず,今もなおその心構えを後進の人々に伝え続けている。
実は自分自身も中学時代,単身赴任中の父親に誘われて東京に遊びに来た際,恵比寿駅前で卓球店を営んでいた当時の松崎さんに会ったことがある。
もう16年近く前の事だが,ご本人とちょっとだけ喋ったのはいい思い出だった。
では,また
今日もまた大物,参ります
今回紹介するのは松崎キミ代
1938年に香川県に生まれ,1960年代前半を中心に,日本卓球界の黄金時代を支えた選手の1人である。
戦型はペン表ソフト速攻型で,バックハンドも振りながら,打撃戦を得意としていた。
1959年と63年にそれぞれ世界チャンピオンになっているが,そこに至るまでの最大の要因は,前回紹介した江口冨士枝にも似た,負けず嫌いな性格にあった。
両親からの反対を押しのけ,名門・専修大学に進んでからは,男に勝るとも劣らないほどに,日々鍛錬に励んだという。
現役を引退してもなお,努力の大切さを守る考えは変わらず,今もなおその心構えを後進の人々に伝え続けている。
実は自分自身も中学時代,単身赴任中の父親に誘われて東京に遊びに来た際,恵比寿駅前で卓球店を営んでいた当時の松崎さんに会ったことがある。
もう16年近く前の事だが,ご本人とちょっとだけ喋ったのはいい思い出だった。
では,また