行きたくない朝もあるさ
秋晴れのすがすがしい朝。
「速水! 早く起きろ!」
「いやっだ」
「起きろ!」
「いやだっ!」
布団から出てこようとしないのは、速水晃一。必死に起こそうとしているのは、田口晃一。いつもと立場が逆転している。
「…どうしたんだ?」
「事務処理したくないから、休む。って言うか。バカンスに行くから、お前も病院休め」
「はぁ? 話の流れが、ぜっんぜん俺的には分からないんですけど」
田口は慎重に聞いた。
「俺の処理能力じゃとうてい無理。だから、リフレッシュ。お前、パスポート。まだ、使えるよな」
速水は国外脱出を本気でほのめかす。田口はそれが速水の本音だと気づくと、あーあと心の中で思いっきり、大きなため息をついた。
確かに、速水の気持ちも分からないではない。元々、現場至上主義の速水にとって、事務処理は現場を円滑に進めるためのオプションでしかない。なので、上からの指導も指示も、現場の前では無視していたに違いない。その結果というか、そのツケが一気にのし掛かってきたのだろう。
速水をセンター長にしたのは、誰の責任?と、高階に言いたくなった田口だ。速水が現場第一人者だと知っていたなら、それなりの事務官を付けてやるべきだっただろう。
と、言えればなぁ。と、田口はやっぱり大きなため息を吐いた。
「行灯。ため息を吐くと、幸せが逃げるから止めろ」
「ため息よりも、お前がごねている方が、俺には不幸だけどな」
「……冷たい…」
ぐすぐす布団の中から、泣き真似が聞こえた。田口は手元の時計を見ながら、どうしようかと考える。速水がここまで愚図ったら、当分このままだ。自分の外来を考えると、そろそろ出勤したがいい時間になる。
まっ、子どもじゃないから、ほっておいてもいいか。
「あっ、俺、外来があるから、もう行くからな。このまま、休むなら自分で病院に連絡しておけよ」
田口は言い残すと、速水に絡まれないうちに、とっとと家を出た。
一人残された速水は、
「行灯の薄情者。…行灯の薄情者…」
と、言い続けるが、“腹減った”とむくっと起きて、ぺたぺたとダイニングへと向かった。途中、愚痴を聞いてくれる唯一の存在、ありすを見ると、すやすや眠りの世界で…。
速水の相手をしてくれる者は誰もいないため、速水も現実に戻らざるおえない。
「何か食いもん」
ぼやきつつ、あくびをする。と、メモが一枚目に入った。どうやら、田口が置いていったものらしい。自分を心配した田口の愛?の言葉が並んでいると思い、喜々として手に取った。が、直ぐに速水はひらっとメモをゴミ箱に放り込んだ。
「…あいつが、結構、腹黒なの忘れていた…」
速水はくそっと吠えた。
そこに書いてあったのは、
“速水へ
朝食は自分で電気釜からご飯をよそって、ラップしてあるベーコンを焼いてね。ベーコンだけで寂しかったら、卵を乗せてベーコン・エッグもいいかも。味噌汁は煮詰まったのは嫌いだろうから、沸騰した後、味噌を自分で入れるように。
漬け物は、冷蔵庫のパックに切って入れてあるから、自分で出してね?
拗ねた速水もかわいいかも?と思った 田口より”
ラブなどどこにもない超現実的な田口からの言葉だった。
この後、速水がふて寝というストライキを三日行うことになるとは、田口は全く予想しないまま、夕方、“今夜は鍋だ”と両手に材料を一杯担いで帰宅した…。
☆ ふて寝したいのは、将軍ではなく私…。ストライキしたいのも将軍ではなくて私…。職場に蹴りを入れたいのも、私…。吠えたいのも私…。いろいろ。煮詰まっています。取りあえず、明日が終わればいいかぁ。