いつもの道をたどり、会社へ向かう。
地下鉄から地上へ出てすぐ、ファッションビルの裏道へ入る。
通称、“シャワー通り”と呼ばれている通り。
一方通行の細い道だが、ファッションビルへの搬送車も通る。
大昔、赤いセリカを友人から安く譲り受けた夫が、慣れない札幌の道を走り、逆走した道だ。
現在は、草花やベンチが数台配置され、夏の間、会社帰りには、夕涼みか、ベンチでくつろぐ人達で賑わっていた。
その通りを順送し、駅前通りを横切って西へ向かって進むと、昔は“オヨヨ通り”と呼ばれた通りへと通じる。
居酒屋や新旧の飲食店が並ぶ通りだ。さらに進むと北海道神宮への裏参道へと続く。
毎朝同じコースを同じ様な時間帯で歩くので、同じ顔ぶれの人達とすれ違ったり、後ろ姿を認めたりする。
時には前夜飲み過ぎたのか、朝からベンチに寝ている人がいる。
先々月見かけたのは、ベンチからあふれんばかりの巨体の人が仰向けになって寝ていて、ギョッとした。
先ず考えたのは、死んだ人だったら通報しなければ、という事。
服装は男性とも女性とも判別のつかないTシャツを着たパンツスタイル。
胸元で男女を判別しようとしたが、太っている人なので、やはり判別がつかない。
顔を見ると、すべすべのムチムチなので、どうやら女性。
その表情は、すやすやと安らかな眠りについている顔で、血色も良く“生きている”事を確認。
通報する必要はなさそうなので、そのまま通り過ぎた。
昨日は、特徴的な人が私の前方3メートル先を歩いていた。
柔らかなグレーのロングカーディガンを羽織った、とても大きな男性。
後ろ姿のイメージは、一時日本のテレビによく出ていた、韓国のチェ・ホンマン。彼よりは、身長が低いけど。
柔らかなカーディガンのシルエットは、その下にあるビックリするほど広い肩幅と、太く長い腕の形が見て取れた。髪はあまり毛量が多く無い様で、頭皮にピタリとはりついた感じ。
その全体像に、私は思わず、少し前の大ヒットアニメの巨人に似てるな、と思った。
あのアニメの題名は何と言ったっけ?
ここは、思い出す事が重要。言葉が何でもすんなりと出て来ないお年頃。頑張れ私。
巨人…確か“進撃”と言う言葉が題名に付いていた…思い出さなきゃ、えーと巨人の…進撃…いや、違う。
「進撃の巨人!」
思い出した途端、目を上げると目の前の横断歩道を渡り切ったところで彼が地面に転がっている。それも仰向けに。
「進撃の巨人倒れる!」アニメのワンシーンを見る様だ。
体調不良?それともトラブル?誰かに殴り倒されたのか?
アニメの題名を思い出す為に集中していたわずかに目を離したすきに、何が起きたのか。
体の不具合なら大変と思い駆け寄ろうとした所、彼はゴロンと横向きに転がって、素早く起き上がった。そして何事も無かった様に歩き出した。
私は心底ホッとした。
それにしても不可解なのは、一体彼がどのようにして仰向けに転がる事態となったのか?
けつまずいて、倒れるなら普通前方へ手を付いて四つん這いになるか、うつ伏せに倒れるはずだ。それが仰向けに倒れるとは…。
私は横断歩道を渡り切って、彼が転んだ周辺を見回した。
すると、歩道の縁石の補強の為だと思われるが、縁石に沿ってコンクリートが支える様な形で、塗り固められている。その一部が、縁石から剥がれて隙間が出来ていた。毎日通っているのに気付かなかった。
もしかしたら、この隙間に足を取られて、倒れたのか?
彼の場合は特に、重心が上にあるので転びやすかったという事もあるかも知れない。
それにしても、横断歩道を普通に渡りきれば、足を引っ掛けることもない歩道。仰向けに転んでいたという事が不思議でならない。
それとも、脳貧血を起こして、倒れたとか…。
見逃してしまった倒れる瞬間の出来事が、気になって気になってしょうが無い私だ。
とは言え、一番肝心なことは、彼が怪我もせずに無事であったと言う事だ。打撲の跡ぐらいは出来たかも。
どうぞお大事に。