ある日、夫に「ティッシュがもう少しでなくなる」と言われた。
ボックスティッシュはついこの間、5個入りのパックを2つ買ってきたばかりだったので、私は思わず、「えっ?もう?」と素っ頓狂な声を上げた。
あまりにも無くなるのが早い。
夫が単身赴任で不在だった頃は、子供たちと3人で過ごしていても、ティッシュがそんなに早く無くなることは無かった。
今は夫との二人暮らし。どれだけ夫がティッシュを消費しているのかが気になり始めた。
夫の指定席であるパーソナルチェアの直ぐ側にはローテーブルがある。そのテーブルの下に収まるほどの小さなゴミ箱が、いつも夫がゴミを捨てる場所である。
夫が退職してから、いつしかゴミの処分を積極的にしてくれていたから、気づかなかった。
気をつけてみていると、ゴミ箱はいつ見てもティッシュが山盛りだ。それに気づいてから、一度だけ「すごいティッシュの量だねー」と夫に言った事がある。その一言には、“節約してね”という私の思いが込められていたのだが、夫は気づく由もなし。
それに夫は元々鼻が悪い。その頃、特におびただしい鼻水が出ていた。鼻炎だったのかもしれない。使う必要があるのだから、しょうが無いとも思う。そう思いながらも、ティッシュの減り具合が、尋常じゃ無い事が、気になってしょうが無い。
朝、夫が起床して直ぐ、居間のテイッシュを使う音が聞こえる。私は布団の中でまどろみながら、ティッシュを引き出す「シュッ」という音に敏感に反応するようになった。
連続してティッシュを取り出す音が続く。思わず私はその音をカウントした。「1、2、3、4」まだ続く「5、6…え、まだ使うの?」「シュッ、シュッ」8まで数えてやっと止まった。いっぺんに8枚のティッシュを使うのか。これじゃ、あっという間に無くなる訳だ。
その頃、夕食後にボンヤリ眺めていた池上彰さんの番組の中で、世界のティッシュペーパーの消費量が比較されていた。ダントツの世界第1位は、清潔大国「日本」だった。その中でも、大量消費の先頭を走る人物が私の夫だなあと思った。
それからというもの、とにかく底値のティッシュを見かけるたびに購入した。安けりゃいいのだ。
まるで冬に備えるリスが、どんぐりを貯蔵するかのごとく、着々とティッシュの在庫を増やしていったのである。
私のティッシュの底値の基準は、1個150組5個パックで税込み217円。これが近所のホームセンターで最安値のティッシュだった。
余談だが、このティッシュは、特売日で無くても常時この値段だ。
パッケージをよく見ると“WHITE RIBBON”とあり、その下に「女性の健康が、世界を変える」と書いてある。更に、「2分に1人、妊娠や出産で女性が命を落とすこの世界を変えるために」ともあった。
このティッシュを買うと、売上の一部が「ジョイセフ・ホワイトリボン運動」に寄付されるらしい。
国際協力NGOジョイセフが行っている運動で、主に途上国の妊産婦の支援を行っているそうだ。
ティッシュの値段が安い上に、買うことで途上国の妊産婦の支援に間接的に関わる事になるのだから、良い事づくめだ。
話が逸れたが、このティッシュの値段を基準にすると、1個200組の5個パックなら、289円が底値という事になる。
夫のティッシュ大量消費のせいで、ティッシュの値段チェックが習慣となった。
これまでの最低価格は1箱200組の5個パックが税込みで220円。破格の値段だ。折しも、国内の中心部でトイレットペーパーやティッシュの値段が上がるとニュースで流れた後でもだ。北海道は紙の価格が安いのだろうか。飛びついて買ったのは言うまでも無い。
そんな風にして、我が家のティッシュの在庫数は、保管場所から溢れ出る程にたまり、私もこれでやっと「さあ、使って下さい」という気になり、気持ちも落ち着いたのだった。
そんな私のティッシュ買いまくりの姿を見て、夫にも何やら変化が見られた。「節約しなくては」という気持ちが芽生えたのではないだろうか。朝のティッシュ8枚取りが無くなった。
在庫のティッシュも「減らなくなったなー」と思ったら、夫の滝のような鼻汁もいつしか止まっていた。
ティッシュ1枚の値段は1円にもならない。8枚使っても(我が家のティッシュなら)、2円ほどだ。こんな事にカリカリしていた私は、つくづくティッシュ並みにちっぽけな人間だと思いながら、その一方で例え数円であっても無駄遣いは良く無い、何にせよ「限りある資源は大切に使わなければ」とも強く思ったのだった。