土曜日に、国立新美術館へ行って参りました
屋内だとどうしても暗くなってしまって、
上手く墨色もお伝えできないのですが、こんな作品を出品しております。
『我人生悔無』
今回は、昨年に比べると大作がやや減っていたような気がしますが、
そのせいか、作品の掲示も昨年よりは余裕があったかなと思います。
私の作品は、ほんとーーーー に、一番奥にありました。
照明も当らず・・・ なんてことはありませんが。
あれほどの広い会場だと、奥に行くのも一苦労。
目にする前に引き返してしまう人もいるんだろうな~
なんてちょっと淋しい思いもしながら、自分の作品を見ておりました。
この作品、サイズは53×253cm 実はそれほど小さくないんですよ。
でも、あの会場では、やっぱり小さかった~
とにかく、今回の展覧会では、
「会場にあった作品作り」の大切さを実感しました。
今回の展覧会は、勉強の成果を発表する学校展ですので、
練習して、出品することに意義がある という方もいるでしょう。
でも、私は、「会場にあった作品を作ることが勉強の一つ」と考えました。
自宅で書いていると、大きく迫力ある作品に感じてしまうんですけどね。
国立新美術館のような会場では、ただ埋もれてしまうだけです。
文字の魅力もあるでしょうが、その場にあった作品ではなかったと
反省しています。
小さな会場には小さな会場にあった作品を、
大きな会場には大きな会場にあった作品を。
もう一点の反省は、墨色。
もう少し濃い色にすればよかったです
今回、写真のとおり、左右とも古典仮名の作品でした。
会場での展示の際は、周囲の作品の雰囲気も考えられて
設営されていると思うのですが、だとすると、私の作品が、
古典仮名の雰囲気と調和していると判断されたのでしょう。
今まで、私は力強い作品が多く、
繊細な雰囲気を出せないことが大きな悩みでした。
ですので、古典仮名作品に挟まれた自分の作品を見て、
少しイメージを変えられているかな と
嬉しい気もしないではないですが。
しかし・・・
「我人生悔無」―北斗の拳だということも忘れずに
屋内だとどうしても暗くなってしまって、
上手く墨色もお伝えできないのですが、こんな作品を出品しております。
『我人生悔無』
今回は、昨年に比べると大作がやや減っていたような気がしますが、
そのせいか、作品の掲示も昨年よりは余裕があったかなと思います。
私の作品は、ほんとーーーー に、一番奥にありました。
照明も当らず・・・ なんてことはありませんが。
あれほどの広い会場だと、奥に行くのも一苦労。
目にする前に引き返してしまう人もいるんだろうな~
なんてちょっと淋しい思いもしながら、自分の作品を見ておりました。
この作品、サイズは53×253cm 実はそれほど小さくないんですよ。
でも、あの会場では、やっぱり小さかった~
とにかく、今回の展覧会では、
「会場にあった作品作り」の大切さを実感しました。
今回の展覧会は、勉強の成果を発表する学校展ですので、
練習して、出品することに意義がある という方もいるでしょう。
でも、私は、「会場にあった作品を作ることが勉強の一つ」と考えました。
自宅で書いていると、大きく迫力ある作品に感じてしまうんですけどね。
国立新美術館のような会場では、ただ埋もれてしまうだけです。
文字の魅力もあるでしょうが、その場にあった作品ではなかったと
反省しています。
小さな会場には小さな会場にあった作品を、
大きな会場には大きな会場にあった作品を。
もう一点の反省は、墨色。
もう少し濃い色にすればよかったです
今回、写真のとおり、左右とも古典仮名の作品でした。
会場での展示の際は、周囲の作品の雰囲気も考えられて
設営されていると思うのですが、だとすると、私の作品が、
古典仮名の雰囲気と調和していると判断されたのでしょう。
今まで、私は力強い作品が多く、
繊細な雰囲気を出せないことが大きな悩みでした。
ですので、古典仮名作品に挟まれた自分の作品を見て、
少しイメージを変えられているかな と
嬉しい気もしないではないですが。
しかし・・・
「我人生悔無」―北斗の拳だということも忘れずに