私自身も管理したがる母に育てられた
母だけでなく学校教育でも管理体制の厳しいところでは同じかもしれない
日曜日は若者が3人
管理したがる母と管理しない母・・両極端の環境で育った若者が来ていた
「何がしたいんやろーーー」
という言葉から
生きるということをテーマに掘り下げていった
生まれるとき本人は泣いている
じゃあ・・周りは?・・・・喜んでいる・うれしい・笑っている
死ぬとき本人は笑顔で死にたいよね。
怒っているとか泣いているとかさみしいままとか・・・そのほうがいいかなあ・・・・・
死んだ人の周りは笑ってる?
別に・・と思ってる?
怒ってる
泣いてくれるような人生がいいかもねえ・・・・・
生まれるということと死ぬ(自殺は別)ということは自分で決めてできないよねえ・・・・
でも生きている間は選択できるし自分で決めることが出来るんやで
決めてないなあ・・・・・
おかんがきめてる・・・逆らったら・・・うるさいし・・・
まーええっかてなるなあ・・・・
え”--信じられへん!!
お母さんはお母さんの人生を生きたらええし
自分は自分らしく自分の人生いきな誰がいきてくれるんや?
・・・・・・・・・・・・・・
管理されていると→返事は「はい」 → 本心は「絶対服従せんぞ。いうこときくもんか!」
→自分で選択 → いちゃもん・反対・できないといわれる → 気持ちを表現しないようになる
→ 親のよいような選択をする・自分の気持ち考えではない → 親の言うとおりにしておくと無難
→ 自分の頭は使わない・表現しない・選択もしない → 親の言いなりでよい子には親からの与えられるものがある
→ 与えられているから・・まあ・・いいか → 自分が何がしたいかわからない・心が何かわからない
→ 虚無感・やる気なし・自分で考えない・批評はする・理屈は分かる・実践が乏しい・行動することが怖い
→ 失敗を恐れる → 自己表現すると否定される → 逃げ出したくなる → 家に寄り付かなくなる
→ 親は子供を信用しない → さらに管理を強くする → 失敗を恐れる → 経験しない
→ 知恵がつかない → 幼稚 → 年齢の割に子供っぽい → さらに管理が強くなる
・・・・・・・・・
こう言う事で子供は親に反抗することもなく虚無化していく
生まれてから死ぬまでを時間つぶしという
そんな表現をする子供に育てたことを
その両親は知る由もない
命・生きるとはどういう事だろうか
愛するということが命を産むはず
生きることは愛し合う事
愛するということは
能動的に行動すること・・・自らやりたいと思ってやること
相手に関心を持つこと
それは支配でも管理でもなく自由なまま・・・・
尊重し合って
3人の会話の中から3人が気づき
刺激し合った
穏やかな優しい27歳男性が
「ぼく、一匹狼でした」といった
彼からは一匹狼との言葉とのギャップに周りは驚いた
一人でもさみしくないし大丈夫!といった
なぜなら、家庭には家族がいるし
愛情がいっぱいで安心できているからだろう
31歳の男女二人はさみしいむなしい・・という
家庭は逃げ出したくなるようないたたまれない場所
愛情を受けているとは思っていない
誰もわかってくれない
一人でさみしい
そう思っている
年齢に問わず
チャレンジしない人の家庭は
失敗を許されないような
正しいことだけを要求する親がいたり・・
愛情が不足がちなというか
親の価値観のみを振りかざしているのだはなかろうか!
そう思うと今の管理体制の学校教育
社員を必要以上に管理する会社
その中で育ちゆくものは
反感・・恨み・・・
共感する心は
共感してもらって
愛することは
愛してもらって
許すということは
許されて
人はされたように生きるのだ
どんなふうにしてもらいたいか
管理され頭を使ってないと
それもわからない
いったい誰がこんな風に育てたのだろうか・・・
education ・・・ 教育 と訳されるが・・・
教え育てるという漢字だが
その人の可能性を引き出すという事のはずだ
しっかり教育しているつもりで
その人の個性や可能性をだめにしているとはきがつくまい
管理する利点もあるだろうが
しすぎないことは大事ではないだろうか・・・
自由な中にきっと本当の
強さ・個性・優しさ
その他いろいろなものが凝縮されているのだと思う
人生は選択の連続だ と 元アメリカ大統領ブッシュ父が言っていた
自分の頭で考えてする選択
大事なことだと思う
母だけでなく学校教育でも管理体制の厳しいところでは同じかもしれない
日曜日は若者が3人
管理したがる母と管理しない母・・両極端の環境で育った若者が来ていた
「何がしたいんやろーーー」
という言葉から
生きるということをテーマに掘り下げていった
生まれるとき本人は泣いている
じゃあ・・周りは?・・・・喜んでいる・うれしい・笑っている
死ぬとき本人は笑顔で死にたいよね。
怒っているとか泣いているとかさみしいままとか・・・そのほうがいいかなあ・・・・・
死んだ人の周りは笑ってる?
別に・・と思ってる?
怒ってる
泣いてくれるような人生がいいかもねえ・・・・・
生まれるということと死ぬ(自殺は別)ということは自分で決めてできないよねえ・・・・
でも生きている間は選択できるし自分で決めることが出来るんやで
決めてないなあ・・・・・
おかんがきめてる・・・逆らったら・・・うるさいし・・・
まーええっかてなるなあ・・・・
え”--信じられへん!!
お母さんはお母さんの人生を生きたらええし
自分は自分らしく自分の人生いきな誰がいきてくれるんや?
・・・・・・・・・・・・・・
管理されていると→返事は「はい」 → 本心は「絶対服従せんぞ。いうこときくもんか!」
→自分で選択 → いちゃもん・反対・できないといわれる → 気持ちを表現しないようになる
→ 親のよいような選択をする・自分の気持ち考えではない → 親の言うとおりにしておくと無難
→ 自分の頭は使わない・表現しない・選択もしない → 親の言いなりでよい子には親からの与えられるものがある
→ 与えられているから・・まあ・・いいか → 自分が何がしたいかわからない・心が何かわからない
→ 虚無感・やる気なし・自分で考えない・批評はする・理屈は分かる・実践が乏しい・行動することが怖い
→ 失敗を恐れる → 自己表現すると否定される → 逃げ出したくなる → 家に寄り付かなくなる
→ 親は子供を信用しない → さらに管理を強くする → 失敗を恐れる → 経験しない
→ 知恵がつかない → 幼稚 → 年齢の割に子供っぽい → さらに管理が強くなる
・・・・・・・・・
こう言う事で子供は親に反抗することもなく虚無化していく
生まれてから死ぬまでを時間つぶしという
そんな表現をする子供に育てたことを
その両親は知る由もない
命・生きるとはどういう事だろうか
愛するということが命を産むはず
生きることは愛し合う事
愛するということは
能動的に行動すること・・・自らやりたいと思ってやること
相手に関心を持つこと
それは支配でも管理でもなく自由なまま・・・・
尊重し合って
3人の会話の中から3人が気づき
刺激し合った
穏やかな優しい27歳男性が
「ぼく、一匹狼でした」といった
彼からは一匹狼との言葉とのギャップに周りは驚いた
一人でもさみしくないし大丈夫!といった
なぜなら、家庭には家族がいるし
愛情がいっぱいで安心できているからだろう
31歳の男女二人はさみしいむなしい・・という
家庭は逃げ出したくなるようないたたまれない場所
愛情を受けているとは思っていない
誰もわかってくれない
一人でさみしい
そう思っている
年齢に問わず
チャレンジしない人の家庭は
失敗を許されないような
正しいことだけを要求する親がいたり・・
愛情が不足がちなというか
親の価値観のみを振りかざしているのだはなかろうか!
そう思うと今の管理体制の学校教育
社員を必要以上に管理する会社
その中で育ちゆくものは
反感・・恨み・・・
共感する心は
共感してもらって
愛することは
愛してもらって
許すということは
許されて
人はされたように生きるのだ
どんなふうにしてもらいたいか
管理され頭を使ってないと
それもわからない
いったい誰がこんな風に育てたのだろうか・・・
education ・・・ 教育 と訳されるが・・・
教え育てるという漢字だが
その人の可能性を引き出すという事のはずだ
しっかり教育しているつもりで
その人の個性や可能性をだめにしているとはきがつくまい
管理する利点もあるだろうが
しすぎないことは大事ではないだろうか・・・
自由な中にきっと本当の
強さ・個性・優しさ
その他いろいろなものが凝縮されているのだと思う
人生は選択の連続だ と 元アメリカ大統領ブッシュ父が言っていた
自分の頭で考えてする選択
大事なことだと思う