23日は山形へ一泊、24日は天気がよく山が綺麗に見えました。冬の訪れを感じます。
酒田市よりの”鳥海山”23日撮影。
鶴岡市(旧朝日村)からの”月山”。
寒河江市からの”月山”。これを最後に帰路に着く。
23日は山形へ一泊、24日は天気がよく山が綺麗に見えました。冬の訪れを感じます。
酒田市よりの”鳥海山”23日撮影。
鶴岡市(旧朝日村)からの”月山”。
寒河江市からの”月山”。これを最後に帰路に着く。
毎年の行事、秋田の実家の”槇”の冬囲いに、作業も早々に、秋田市内に一泊し23日は山形へ、途中で前から気になっていた。亀田城(復元)に寄ることが出来ました。
立派な大手門が復元されています。地元の方々の努力に敬意を表します。
大手門を上がると、よく整備された中庭が向かえてくれました。
羽後亀田と言えば、松本清張の”砂の器”に登場した位で知りませんでした。中庭。
本丸は”佐藤八十八美術館”として利用され多くの作品が展示されて居ました。
熊本城は別名”銀杏城”とも呼ばれ、加藤清正がお手植えになられた銀杏が有名です。その他に城内には築城当時は沢山の木が植えられたらしいが西南の役で焼けたそうです。
加藤清正がお手植えになった銀杏の木西南の役で焼けたそうだが脇から萌芽し、こんなに大きくなっています。
幹の部分、左側が途中でで折れて朽ちている。右が現在の幹。
謂れ書き。鎌倉の鶴ヶ岡八幡宮の銀杏も4年程前に倒れたが、いま同じ様に萌芽し、若木が順調に育っている。是非再生して欲しい。
城内で一番大きなクスノキ。焼失を免れたのだろう。
単幹でなかなか見応えがある。
長崎ー雲仙ー天草ー熊本と渡り最後は熊本総合運動公園陸上競技場の視察。
九州本土からの普賢岳。火砕流の跡がくっきりと見える。
熊本市内の路面電車、軌道敷に芝生が植えられていた。環境にやさしい。
熊本城天守閣、西南の役で焼失したが、復元された。
宇土櫓、この建物だけが焼失を免れた。国の重文。
復元された本丸の内部。襖絵も忠実に再現されている。
天井絵。今東京では、江戸城天守閣の再建が話題に。私もNPO法人に参加している。
熊本総合運動公園陸上競技場からの阿蘇山系。
体育施設関係団体の研修が、先月国体が行なわれた長崎県で開催されました。
最初に見学した施設、長崎県営野球場。いかにも長崎らしい創りです。
次に訪問したのが、諫早市にある県営総合陸上競技場入口のカイズカイブキが歴史を感じる。
入り口付近にあった”長崎がんばらんば国体”の看板。
長崎といえば”眼鏡橋”諫早市で見かけた”眼鏡橋”移築されている。
長崎市に戻り市内見学。国宝建築の”浦上天主堂”。
日本の文明開化期に活躍したグラバーが自ら設計した自邸”グラバー邸”
天草五橋よりの普賢岳。18年前を思い出す。今はすっかり終息している。