JDR.田中成和ブログ

ブログをこちらで公開いたします。

リコー三愛グループの創設者市村清氏の経営哲学

2022-06-22 09:00:00 | 日記
JDR.株式会社の田中成和です。
経営哲学について紹介します。

リコー三愛グループの創設者市村清氏は、「人の行く裏に道あり花の山」を座右の名としており、様々なアイディアを生み出し多くの人の注目を集めた人物となっています。
特に有名なものは銀座4丁目交差点にある三愛ドリームセンタービルで、様々な商品のディスプレイを建物内で回転させることで多くの人に商品を見てもらうと言う発想のもとに生み出され、これが当時非常に注目を集めるものとなりました。

市村清氏の経歴は決して順風満帆なものではなく、もともとは大東銀行の銀行マンでしたが、昭和金融恐慌のために大東銀行が閉鎖され、その後現在の富国生命保険に入社します。
この富国生命保険時代に高い業績をあげたことから、理化学研究所の九州総代理店の権利を得ることになり、その業績を拡大することになりました。

市村清氏の経営哲学の中では様々な新しい物事に積極的にチャレンジすることが成功につながると言う未来が含まれており、これが現在のリコー三愛グループにも受け継がれています。
常に新しいアイディアを生み出すことで、世の中につよいインパクトを与えることが成功の秘訣であると考えられているのがポイントです、

JDR.株式会社 代表取締役
田中成和

本田技研工業の吉野浩行氏の経営哲学

2022-06-01 09:00:00 | 日記
JDR.株式会社の田中成和です。
経営哲学について紹介します。

本田技研工業というと、日本の自動車産業をずっと支えてきた企業として有名です。
トヨタや日産と並び、本田は日本の自動車工業が世界トップクラスであることを、全世界に発信してきたのです。

自動車のほか、トラクターや産業自動車、レースカーにバイクなど生産してきた自動車は数えればきりがありません。
車好きのコレクターにとっても希少性の高い車種も多く、依然日本のみならず世界でも人気のある自動車メーカーであることは間違いありません。

そんな本田技研工業の本田宗一郎氏の経営理念はあまりにも有名ですが、彼の理念を継承しつつ新たな理念とマーケティング戦略や構造改革に乗り出したのが吉野浩行氏でした。
彼は独特の経営哲学も持ち合わせていました。従来の営業(S)生産(E)開発(D)購買(B)の自立した各領域による協調体制から、SEDB各領域を統合した一体運営体制にしていったのも彼の実績であり、こうした経営方針は様々な産業界で取り入れられるようになってます。

研究所の各部門がバラバラでやっていた体制が、これからは本社が一括管理することで様々なメリットが生まれ、情報共有や作業の効率化もアップし経理面においてもプラスが多いんです。

JDR.株式会社 代表取締役
田中成和