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「内容だ。『働き』といってもいい。」
「じゃぁ~、inは?」挑戦的に、そして私を試すように言った。おもしろくなってきた。
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「inはスッポリ、atはピタだ。ピッタリじゃないぞ、似ているが。of、off、fromはバイバイだ。」
「それっておもしろいけどわからない。」と女子。
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「onに戻ろう。ピッタリついている状態を表すのがonだ。だから上でも横でも下でも状態がピッタリならばonだ。電気ごたつの天板の下についている電熱器もonだ。壁にかかっている時計もonだ。a clock on the wallだな。壁にかかっている時計が右に行ったり左に行ったり動いていたら時計を見たとき目が回るだろう。」
「プッ」と女子が一人笑った。
彼は黙っている。
「『~について』は何と言う。」(私)
「about!」と彼。
「そうだ、aboutだ。だけどaboutだな。」
今まで反応していなかった別の女子が黙ったまま大きくうなずきニコッとした。
「onを辞書で調べてごらん。」
我先にと辞書のページをめくる彼。
「onで何を調べるの?」と別の女子。
「『~について』という意味があるだろう。」
間をおかず、「あった!」と彼が言う。だが、すぐに「で?『~について』とピッタリとどういう関係があるの?」と不満げだ。
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私は今までの少し軽い調子を変えてゆっくり話し始めた。
「onはピッタリ。それは変わらない。ただ、そこからいきなり『~について』につなごうとするからつながらなくなる。分からなくなる。onがピッタリを表すということを、辞書にあるonに関するそのほかの使い方でイメージしてみろ。分かるかな。『~について』、『~に関して』という内容は、人があることにこだわりそこから離れなくなる状態を指している。これもピッタリだ。『こだわり』って分かるかな。あれだ。」
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これは「On Liberty」を読んだとき実感した。J.S.Millは自由にこだわったのだ。だからあの歴史的名著が生まれたのだと思う。「俺は自由にこだわりがあるんだよ!」とでも言いたかったのだと思う。on libertyダ。
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「分かった!」彼が言った。このとき以来少しだけ素直になった。
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「byは?」と、ここまでずっと黙っていた男子がボソッと言った。「byは『~によって』でしょ。だけどby bicycleは『自転車で』でしょ。」
「by Tokyoはどうする?」(私)
「エェ~、どうなの?」(別の男子)
「『東京によって』じゃ変だよね。」と別の女子。
「『東京によって』の『よって』の漢字は?」(私)
「・・・」
黒板に『寄って』と書き、「これならあたりだ。」と言うと、「エ~ッ?」とざわめいた。
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「『東京で』ではないだろう。辞書で調べてごらん。」
さすがに速い彼。
「経由か!」
「あたりだ!わっかるかなぁ~。」
「わかる、わかる!」
「by bicycleは?」
まだ、困惑している男子がいる。
「『自転車に乗って行く』というのは自転車『経由』で行くと考えるんだな、『英語人』は。
「英語人?」と沈黙の女子。
かかった、と思った。
「よく気付いたな。そう、『英語人』だ。English speaking people、またはpersonだ。英語を話す人々ってことだ。」
「で、それが何か?」と彼が言う。「お前はもういいから」と言いたいところだが、ここは我慢して「それは」と言いかけたところで「なるほど」と「沈黙の女子」がうなずいた。
「何が分かったの?」と彼。
「そういうことだ。分かるよな。」と「沈黙の女子」に振った後で、「つまり、考え方だ。」と彼に向かって言った。
英語は得意なようだが頭の切れは「沈黙の女子」の方が数段上だ。彼もこれは分かっているのだが悔しそうだった。
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「人は言葉で考えるんだ。そうだろう。今、何考えてる?その考えてることを考えるには日本語を使うだろ。人は言葉が無ければ考えられないんだよ。だから人から言葉を奪えば考えること自体も奪うことになる。小学校の国語で『最後の授業』ってやっただろ。覚えているか?」
返事が無かった。覚えている子が皆無だった。やむを得ずあらすじを話した。
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「人は言葉で考え、言葉で文化を形成してきた。だから、人から言葉を奪うことは最も悪い行為なんだよな。分かるだろ。」、「人を殺すよりも。」、「うん、人を殺すのと同じくらい悪いことだ。今はそう覚えておけ。」
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そうしてまたbyの話に戻った。
「by bicycleのbyを『手段』だと言う人もいるけど『手段』を直で伝える前置詞が別にあるから、『手段』ではないと思う。『経由』の方がわかりやすいだろう。」
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英語に向ける生徒の関心が格段に向上していった。
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英語だけでなくすべての科目に対して、「なぜ?」と問うようになった。
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ただし、それを学校では口に出すなと告げた。「なぜ?」を発見したら塾で私に質問せよと指示した。
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ちなみに、「なぜ?なぜ?」は私の小学校時代の貧弱な経験がきっかけになっている。
誰もが持つ疑問だが、私も同じ疑問を持った。
「1+1」の後ろの「1」と「1×1」の後ろの「1」とはどう違うのか、という疑問だ。
これを質問したとき先生は、「今は考えなくていい。」と言って答えてくれなかった。学校が嫌いになった。
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塾では成績を上げる工夫もした。自分の経験から、とにかく反復練習以外にこの種の科目の成績を上げる手段はない。
しかし、ただ、やみくもに反復しても効果は上がらない。しかも飽きる。間違いが忍び込む危険もある
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そこで、追試という仕組をつくった。これが当たった。(つづく)
※「先生との出会い」はファンタジーです。実在する団体及び個人とは一切関係ありません。