過去、現在、未来を自由に行き来できる公園で見そめたあの娘は、主人公の奥さんの若き日の姿なのか、はたまた実の娘の未来の姿なのか、それとも…永遠に答の出ない循環参照に読者を誘い込むエッシャーの騙し絵のような作品『青ざめた逍遙』。
そして、本短篇集の白眉ともいえるドリーム・アーキペラーゴ・シリーズからのスピンアウト4編に是非ともご注目。その本編ともいえる短編集『夢幻諸島から』は未読なので偉そうなことは言えないのだが、4篇と同じ地球とは異なるどこぞの星の海に浮かぶ多島群がお話しの舞台となっているそうなのだ。その星では南北に別れて戦争がずっと続いており、時間がねじれている関係で多島群全体を誰も俯瞰できない。ゆえに地図にものっていない戦争緩衝地帯アーキペラーゴは脱走兵憩いの場と化しているのである。
この4編と本編のゆるーい関連性そして時間軸もバラバラなその配置をして、SF歴のまだ浅い私なんぞはついついコードウェイナー・スミスの“人類補完機構シリーズ”を思い出してしまったのだが、英国ニューウェーブ作家として名前をあげられることの多いプリーストだけに、SF作家としての意識はむしろ稀薄、実在の宇宙物理理論を究極にまで煮詰めたグレッグ・イーガンのハードSFとはおそらく対極に位置する短篇だろう。
『火葬』『奇跡の石塚』『ディスチャージ』と並ぶストーリーたるや、「やるのかやらないのかはっきりせい」といいたくなるぐらい終始イライラさせられる私小説的内容であり、現代の地球が舞台であってもほとんど成立するお話しなのだ。ゆきずりの肉体関係による心の消耗をおそれた結果異生物の卵を宿してしまった男。叔母の葬式のために帰郷し魅力的な警護官と一夜を過ごす主人公。そして言葉の意味数だけ“ディスチャージ”を経験する元脱走兵の画家。
近寄ってくる有閑マダムやポリスウーマンに娼婦、時としてスライムまで呼び寄せるフェロモンを漂わせる主人公たち。まるでプリーストの脳内で創作されたそんな主人公たちにちょいと都合が良すぎる世界観が呈示される。少年期のほろ苦い記憶、親戚がいまだに住んでいる故郷、プリースト自身のルーツを辿るような摩訶不思議な旅がその世界の中で展開されるのである。登場人物の一人触発主義画家などは同じ芸術家ともいえるプリーストのオルターエゴとは考えられないだろうか。
だとすれば、誰も全体像を俯瞰できない多島海アーキペラーゴこそ、プリーストの脳内シナプスに刻まれた散文的な記憶のメタファーそのもの。あえて私小説とはせずにSF紀行文としてまとめられてはいるが、それは思春期の甘酸っぱい思い出へのこっぱずかしさを隠すための一種のカモフラージュではなかったのだろうか。本短編集におさめられているシリーズ4篇については、今にして思えばどうってことのない10代の頃には自分も感じていた性に対する後ろめたさや好奇心、それを遅ればせながら体験したことへの感慨深さが、行間に込められているような気がしてならないのだが、どうだろう。
限りなき夏
著者 クリストファー・プリースト(国書刊行会)
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