水村さんは、漱石のような細かい心理描写を省略して、わかりやすいストーリー展開を用意した。あとがきで、『心理描写を少なくした。すなわち、語り手が物語の流れからそれ、文明や人生について諧謔をまじえて考察するという、漱石特有の小説手法を差し控えた』と言っている。清子は津田が吉川夫人に依存していることを見抜いていた。そして人間関係において正直になれない、つきあう女性にも誠実を示せない男であることが分かっていた。お延は一本気なしかし女性らしい人だった、そして誠実でない、そして踏ん切りもつかない夫の津田に愛想を尽かして滝に飛び込もうとするが、死にきれず、山の上に上って自然の雄大さと自らの存在の小ささを感じる。小林はリア王に登場するピエロのような存在、軽口をききながら事の本質を登場人物に気づかせる。
続明暗を読むに当たって漱石の明暗も読み返してみた。細かい心理描写と言わずもがなのせりふが重なり、主人公の津田のつまらなさが際だつ。新妻のお延はよく気が利く頭の回転も速い女性であり、仲人の吉川夫人には反感を抱いている。津田の友人小林には嫌悪を感じるが、津田の結婚前の情報を仕入れるための情報源としている。電話はあるが各家庭にまでは十分普及していないこと、人力車、馬車、電車が混在する時代であったことなどが明治の時代を表す。
続明暗はこの本編の雰囲気を非常によく引き継ぎながら現代風のテンポ良さとストーリーの面白さを実現している。漱石好きな方、明治時代の小説が好きな読者なら必読、水村さんはこの時代の日本文学を愛しているのだろう。
明暗 (新潮文庫)
続 明暗 (ちくま文庫)
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