1/14 銅相場 4387$ 早朝五時
為替が夜半 またもや円高に振れた朝・・118円台に戻り
少し安心していたが あかんな
昨日夕方は 今年の初荷を出して ほっとしたところで
明朝には 銅相場もよくなっているだろう との思いは甘かった
円高株安の中 大阪港のバタ屋トーナイの2016年初荷は
中華人民共和国に向けて無事に出航した
出航日の昨日の為替が118.3円
契約日の為替は 秘密
清算日の年月日も秘密
㈱トーナイ 銅相場
この輸出行為は財務省 税関の輸出入統計に正確に残される
また輸出先国の 輸入統計にも正確に記録され計算される
2015年1/1からの一年間ではワシは輸出量では落としていない
此の年の 輸出金額は資源相場の連続した下落により落ちた
よって ㈱トーナイの 売り上げも相当に落ちた
中国の統計で 一番信頼が高いのは輸出入の統計だといわれています
海外との貿易には相手国が関係するので
この数字は正確である
今の様に 資源相場や原油価格が断続的に落ちている局面では 輸入統計は 金額も大事だが 数量も注目したほうが良いとワシは考える
よって中国の2015年貿易統計の中で 輸入金額の激減は その率で中国の経済が極端にも落ち込んでいると見るのは若干間違っていると思う
此の月も 後、18日 1月
資源相場は非常に安くなってしまったが
銅の含有した金属屑を今日も 買いまくる予定
吉備の古代史偏
魏志倭人伝には「そこで卑弥呼の宗女、13歳の壱与を王に立てて国中が治まった」とある。
250年神武天皇は、祖父の彦火火出見尊が、玉依姫が共立され倭国の女王卑弥呼になるとき、
自ら身を引いて玉依姫に王位を譲った前例にならって、養女の壱与を倭国の女王に立て戦いを治めた。
壱与は、神武天皇が東征の途中、
吉備の高島宮に3年居た時(235~237年)、兄の五瀬命が吉備国王の娘を娶り生れた子である。
年齢は237年生れで13歳、玉依姫(卑弥呼)の長男の娘で宗女と合っている。
その後、神武天皇は大和国の王・大彦命として壱与を支えた。
その後、神武天皇は大和国の王・大彦命として壱与を支えた。
日本書紀では、神武天皇を「始馭天下之天皇、始めて天下を治められた天皇」と、
崇神天皇を「御肇国天皇、国をお肇になられた天皇」と記載しているのは、これらの事情によるものである。
また、大和王権下において吉備の影響が強いのは、
崇神天皇(壱与)の出自が、吉備の国王に繋がるためである。
↑以上のような事を書かれているブログをみた
今から おおよそ1775年ほど前のことになるか???
吉備津の宮の藤内トーナイ 中山太神宮 その昔から金属と祈りに関わりがある物
東内誠
全国の陶棺の8割かが出土している 不思議な地区 太い尻緒の羊? シルクロードの民?