韓国では、民主勢力をネット上の言論が支えたと言われている。日本のネットでは反権力・権力監視という視点での言論はまだまだ少ない。どちらかというと、権力を擁護する側の言論が幅を利かせているという感じだ。なぜ、韓国で、デジタル・デモクラシーが育ったのか、この本を読んでみた…。
非常に重要なことが書いてあった。50頁から64頁にかけて、韓国の民主的言論がいかに誕生したかが説明してある。その中で、放送メディアにおいて、労働組合が百数十人が逮捕されるというような事態を乗り越えて、放送の民主化を実現したという記述がある。80年代後半から90年代後半の10数年をかけて実現されたという。こうして、内部の民主化を経た放送局が民主主義を守ろうという姿勢を見せたこと、これが大きいようなのだ。
現に、2004年の大統領弾劾事件において、民主的大統領を支える民衆の様子を伝える放送局に対し、保守陣営から激烈な抗議が寄せられたが、これに対し、MBCは「いまだに放送を掌握して世論を操作できるとする、危険千万な考えを本当に持っているのか」と批判し、メディア関連の組合や市民団体も「弾劾政局の責任を放送局に転嫁する行動を即刻中止せよ」と声明を出した(168~170頁)。これらがインターネット言論と相まって、民主化の後退を押し止めたのである。
ひるがって、われわれは、自民党が朝日新聞の取材を拒否したことに対して、何と無力であることだろうか…。
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非常に重要なことが書いてあった。50頁から64頁にかけて、韓国の民主的言論がいかに誕生したかが説明してある。その中で、放送メディアにおいて、労働組合が百数十人が逮捕されるというような事態を乗り越えて、放送の民主化を実現したという記述がある。80年代後半から90年代後半の10数年をかけて実現されたという。こうして、内部の民主化を経た放送局が民主主義を守ろうという姿勢を見せたこと、これが大きいようなのだ。
現に、2004年の大統領弾劾事件において、民主的大統領を支える民衆の様子を伝える放送局に対し、保守陣営から激烈な抗議が寄せられたが、これに対し、MBCは「いまだに放送を掌握して世論を操作できるとする、危険千万な考えを本当に持っているのか」と批判し、メディア関連の組合や市民団体も「弾劾政局の責任を放送局に転嫁する行動を即刻中止せよ」と声明を出した(168~170頁)。これらがインターネット言論と相まって、民主化の後退を押し止めたのである。
ひるがって、われわれは、自民党が朝日新聞の取材を拒否したことに対して、何と無力であることだろうか…。