もっているだけでシアワセ…の部類の絵です。
シミもちょっとありますし、元々少し薄手みたいなので、解いて再利用は怖いかな…というランク。
この絵、出品者のコメントには「何を題材にしたのでしょうか」とありました。
これは歌舞伎の一場面です。
実はオークションの写真は大写しのみで、細かいところがよくわかりませんでした。
まず、これは「笹竹売り」、向いあっている宗匠頭巾の老人、この頭巾、帽子タイプで「茶帽子」とも言われます。
お茶の宗匠とか、茶人、俳人それを気取るご隠居などが被りました。黒い羽織もそれらしいですね。
着物の翻りから、風が強いことが分かります。この図柄の時は師走、笹竹は「煤払い」に使います。
これを使うような場所は、神社仏閣などの大きな「施設」か、部屋数のあるような大きな家など…。
この絵をぱっと見ると、橋の上でたまたま笹竹売りと出会った裕福なご隠居さんが、
もぞもぞとフトコロから財布を出して、家の大掃除、煤払いのために笹竹を買い求めている…ように見えます。
鈍い私は「江戸時代の風物、冬編の一こま」くらいに思い、この笹竹売りの横顔にホレて落札しました。
ところが、届いて開いてみたら「笹竹売り」が手に矢立と筆を持っています。
そこまできて、やーっと「なんか笹竹売りと俳句…」で話があったよなぁ、と思い出したわけです。遅い…。
念のため解いて見た真ん中の折り目の中には、ご隠居が文字の書かれた紙を広げていました。
歌舞伎好きのかたでしたら「あ~はいはい」とおわかりでしょう。
これは「松浦の太鼓」の一場面ですね。つまり「忠臣蔵」関連…なのでちょっと時期が外れたと書いたわけです。
笹竹売りは「大高源五」、吉良邸で開かれる茶会の情報を入手したひとです。
ご隠居は「宝井其角」で、元々俳句仲間だった二人が両国橋の上でばったり遭遇。
ご存じない方のためにちっとだけ解説を致しますと、
「松浦の太鼓」というお芝居は、橋の上で出会った二人の会話が重要な意味を持ちます。
源五がみすぼらしい姿で竹を担いで売り歩いていましたので、その本当の身分を知る其角は、
彼が落ちぶれて風流の心を忘れていはしまいかと「年の瀬や 水の流れと人の身は」と詠みます。
源五は即座に「明日待たるる その宝船」と返しますが、このつなげようはどうにも意味不明。
つまり、其角にとってはなんともしょーもない「歌」だったのです。哀れに思って羽織を与え、二人は別れます。
実は、其角は吉良邸のお隣さんである「松浦鎮信」氏と俳句トモダチ、
この松浦氏は、アンチ吉良で、赤穂浪士がなかなか討ち入らないのをイラついています。
其角の紹介で、源五の妹がこのお屋敷にご奉公していたのですが、討ち入らないのがおもしろくない松浦氏は
イライラがつのって、この二人に「もう帰れぇーっ」と怒ります。
そのとき其角が、その日の橋の上の歌のことを漏らします。
その「歌」の話を聞いた松浦氏は、それが「討ち入り前夜」の高揚した気持ちを詠んだものと看破します。
つまり「明日の宝船を待ちこがれている」というのは、いよいよ明日討ち入る、という意味でしょう。
おりしも響く「山鹿流の陣太鼓」、松浦氏は狂喜乱舞…いえいえ、まぁそんなお話しなのです。
先日の「太田道灌と山吹」もそうですが、羽裏にはお芝居の名場面、或いは知ってるヒトならすぐにわかる
エピソードの場面とかが、多く使われます。これって実は「絵本」も同じ。
その文章のなかで一番大切な一瞬を切り取って、そのページの絵にしているわけです。
私の手持ち「昔話」でのお宝はこちら「猿の生肝」のお話しの一場面です。
くらげに猿が乗っているところ。
記事はこちらです。全体写真もでています。よろしかったらお楽しみください。
思えば羽裏は私にとって「大人の絵本」なのかもしれません。
図柄の意味がわかってからこの絵を見直せば、笹竹売りに身をやつしているのも「大望」のため、
貧しい身なり、寒々しい風情ではあっても、凛とあげた顔には「明日の宝船」を必ずや手に入れる…
という思いが見えるような気がします。
この「横顔」にホレて落札したのも、実は赤穂浪士と知っていたから…じゃないところが、ボツだなぁアタシ。
二人のあいだのシミが取れるといいんですが、黄色で古い…一番とれにくいんですよね。
お伺いをたててみます。
歌舞伎はあまりわからないのですが、確かに立ち方が町人のものではありませんね。
猿の生き胆は、どんな職業の人が着ていたのでしょう^^;
渡世人とか、女衒みたいな人だったらなんか凄味がありますねえ。
脱いでこれだったら、相手を威嚇出来るかもしれないですね笑
すごいですね。
やっぱりわかる人の手元に届くもの
なんですね。
私が仮に持っていても、出品者さんと
おんなじ事言っていたかもしれません。
作家の銘など無くても、素晴らしい絵は素晴らしいんですよね!
「松浦の太鼓」の方、何でまた裏地のそんなところにシミ付けるかね!?ですわ。
額装して飾るのに値する絵だと思います。
下の「お猿のくらげ乗り」、長くお邪魔していますのに、初めて拝見しました。
っくーーーーー!!素敵過ぎて涙が出る!!
とんぼさん、そのうちに羽裏博物館ができるんじゃないですか??
忠臣蔵は、いろんな場面が取り上げられます。
それだけ今でも人気がある物語なんですね。
凝った羽裏、昔はゆとりさえあれば、
普通のヒトが、みんな凝ったものを着ていたんです。
黒紋付は昔の男性にとっては、スーツみたいに必需品でしたからね。
さえ様くらいの年齢だと、こういう柄はなんかやくざっぽいとかそういう感じにみえるのかもしれませんが、
こういうものを着るのは「お金のある粋人」です。
ふつーのおじさんが着ていたと思いますよ。
それと、まず男の前では脱ぎません。
男が凝った羽裏の羽織りを脱ぐのは、お遊びの座敷、見せる相手は女性です。
なかなかでないんですが、たまに行為上を見ると
さて、なんかお話しはなかったかな…と、記憶の引き出しをゴソゴソです。
思い出せずに、見逃しているものもあると思います。
わかると楽しいですけどね。
ほんっとにこのシミはぁぁぁです。
よりにもよってど真ん中なんですから。
くらげに乗る猿は、緞子なんです。
重たいので使うに使えず、そのまま保管です。
いつの間にかたまっているんですよ、羽裏。
なんとかせねば…です。
またまたご無沙汰をしております…。
ああ、喉から手が…(笑)
松浦の太鼓、好きな演目です。
先月は新派の泉鏡花作「日本橋」を観に行きましたが
劇中、子供達が忠臣蔵ごっこで「大高源吾は橋のうえ チントシャン♪」と歌う場面がありました。
昔はそんな歌にもなっていて、皆が知っていたのでしょうね。
私も歌舞伎を見るまでは知りませんでしたが…
そうそう、「日本橋」へは前に買わせていただいた忠臣蔵の羽裏を使ったコートを着て行きました。偶然でしたが、嬉しかったです(^^)
勧進帳などのような、ポピュラーな演目ではないので
思い出すのにたいへんでした。
最近、記憶の引き出しがさびついてまーす。
羽裏、隠れたおしゃれで、心がうきうきしますよね。
楽しんでいただけてよかったです。