Jeanが昨日亡くなってしまった。
とてもショック・・・
NYに行ってから2年後の1998年3月から4ヶ月間居候させてもらうことで出会ったJean。
イタリア系で明るく、エルビス・プレスリーが好きで、世話好きで、ズバズバとなんでも言う豪快さと、手料理とおもてなしが最高に素晴らしく上手だったJean.
彼女は私を家族同様に扱ってくれ、本当に可愛がってくれた。
そして、毎年彼女の家で開くThanksgiving パーティーに呼んでくれたり。
1年間のなかで、節目節目に食事に誘ってくれたりと、本当にお世話になった。
彼女の家族も、Jeanが私を可愛がってくれているのを知っていたから、彼女のサプライズバースデーにも何度も呼んでくれたり。
彼女のお孫さんのウェディングシャワーに呼んでもらったり。
色々な事の相談に乗ってくれたり、
アパートに入る時には、ケチな大家さんにはっきりと言ってくれたり、ベットが入る日に仕事でいられない私に代わって行ってくれたり、お金をセーブしなさいと、家財道具を色々な人に声をかけてくれて集めてくれたり。
書ききれないくらいの親切と愛情をくれたり、
本当に、本当にお世話になった。
昨年、彼女は私の為に帰国前パーティーを開いてくれた。
その1カ月後くらいに、
彼女の家へ最後のお別れをしに行くと、彼女から乳癌が再発したことを聞いた。
癌が再発しとてもがっかりしていた。
心配しながら帰国の途に着いたが、ずっと心配だった。
彼女はいつも私の誕生日にはカードをおくってくれた。
さすがに去年は病気のこともあるし、日本にまではとは思いつつ、以前帰国した時は送ってくれたので少し期待していたが、来なかった。
10月の彼女の誕生日の時は日本から花を送ったがそれも音沙汰なし。。。
心配していたが、自分も精一杯の時期。
アメリカに住んでいる時は、ちょくちょく突然遊びに行ったり、電話をして元気かを確認できたが、日本とアメリカは遠すぎる。。。。。。
ついに、余裕が出来てきたので4月末頃に思い切って電話をすると、
姪っ子のパットさんが出て、「今起きているから替わるわね」と言ってくれ、
Jeanと直接話せた。
彼女いわく、去年から入院していて、偶然に家に帰ってきていたとか。
昨年は手紙も何もみていないくらい大変だったと言い、最後に「I Love You!!」と言ってくれ電話を切った。
たった数分だったが、彼女と直接話せて嬉しかった。
その後彼女を最初に紹介してくれた、私のNY生活の初めての大家さんのEileenがメールをくれ、Jeanは自力では歩行困難なくらいの状態だと言うことを知らせてくれた。
あれだけ世話になって、一番大切な時に近くにいられなくて切ない。。。
しかしながら、思いはあっても日々の生活に追われた私。
今年の夏は頑張ってアメリカに行こうとも、思っていた。
それまでJeanが元気でいてほしいと願いながら・・・・
でもその願いも届かなかった・・・・
何だか心配になって、月曜日にEileenに電話をしてみた。現地は日曜日の夜の9時頃。
通常は彼女の寝る時間だからいるはずだと思った。
でもいなくて、何だか胸騒ぎがした。
そして、今日(現地14日)Jeanが亡くなったと連絡が来た。。。。
Eileenも日曜日にお見舞いに行って、Jeanと私の話題も含めて沢山話して盛り上がっていたらしい。
そんな楽しい前日から、急に亡くなったとの連絡にEileenも愕然としたらしい。
私はただただ、信じられなくて。。。
彼女との思い出が走馬灯のように脳裏に浮かんできて、彼女の声も聞こえてきて。。。
彼女と最後に会話した時のことが忘れられない。
少しでも話せたことはラッキーだったとEileenが言っていた。
本当に何で近くにいられなかったのか、悔やまれる。
何で、こんなに早く逝ってしまったのか。
去年最後に会った時は今まで通りのJeanだったのに・・・
もう一度会いたかったよー
Jean!!
何で日本とアメリカはこんなに離れているのかな-
直ぐにいけなくて、苦しいよー
涙が止まらない。。。
異国でいつも温かく包んでくれたJean。
有難う
Jeanがしてくれたすべての愛情。忘れないから!!
Many many thank you Jean.
I love you too!!
とてもショック・・・
NYに行ってから2年後の1998年3月から4ヶ月間居候させてもらうことで出会ったJean。
イタリア系で明るく、エルビス・プレスリーが好きで、世話好きで、ズバズバとなんでも言う豪快さと、手料理とおもてなしが最高に素晴らしく上手だったJean.
彼女は私を家族同様に扱ってくれ、本当に可愛がってくれた。
そして、毎年彼女の家で開くThanksgiving パーティーに呼んでくれたり。
1年間のなかで、節目節目に食事に誘ってくれたりと、本当にお世話になった。
彼女の家族も、Jeanが私を可愛がってくれているのを知っていたから、彼女のサプライズバースデーにも何度も呼んでくれたり。
彼女のお孫さんのウェディングシャワーに呼んでもらったり。
色々な事の相談に乗ってくれたり、
アパートに入る時には、ケチな大家さんにはっきりと言ってくれたり、ベットが入る日に仕事でいられない私に代わって行ってくれたり、お金をセーブしなさいと、家財道具を色々な人に声をかけてくれて集めてくれたり。
書ききれないくらいの親切と愛情をくれたり、
本当に、本当にお世話になった。
昨年、彼女は私の為に帰国前パーティーを開いてくれた。
その1カ月後くらいに、
彼女の家へ最後のお別れをしに行くと、彼女から乳癌が再発したことを聞いた。
癌が再発しとてもがっかりしていた。
心配しながら帰国の途に着いたが、ずっと心配だった。
彼女はいつも私の誕生日にはカードをおくってくれた。
さすがに去年は病気のこともあるし、日本にまではとは思いつつ、以前帰国した時は送ってくれたので少し期待していたが、来なかった。
10月の彼女の誕生日の時は日本から花を送ったがそれも音沙汰なし。。。
心配していたが、自分も精一杯の時期。
アメリカに住んでいる時は、ちょくちょく突然遊びに行ったり、電話をして元気かを確認できたが、日本とアメリカは遠すぎる。。。。。。
ついに、余裕が出来てきたので4月末頃に思い切って電話をすると、
姪っ子のパットさんが出て、「今起きているから替わるわね」と言ってくれ、
Jeanと直接話せた。
彼女いわく、去年から入院していて、偶然に家に帰ってきていたとか。
昨年は手紙も何もみていないくらい大変だったと言い、最後に「I Love You!!」と言ってくれ電話を切った。
たった数分だったが、彼女と直接話せて嬉しかった。
その後彼女を最初に紹介してくれた、私のNY生活の初めての大家さんのEileenがメールをくれ、Jeanは自力では歩行困難なくらいの状態だと言うことを知らせてくれた。
あれだけ世話になって、一番大切な時に近くにいられなくて切ない。。。
しかしながら、思いはあっても日々の生活に追われた私。
今年の夏は頑張ってアメリカに行こうとも、思っていた。
それまでJeanが元気でいてほしいと願いながら・・・・
でもその願いも届かなかった・・・・
何だか心配になって、月曜日にEileenに電話をしてみた。現地は日曜日の夜の9時頃。
通常は彼女の寝る時間だからいるはずだと思った。
でもいなくて、何だか胸騒ぎがした。
そして、今日(現地14日)Jeanが亡くなったと連絡が来た。。。。
Eileenも日曜日にお見舞いに行って、Jeanと私の話題も含めて沢山話して盛り上がっていたらしい。
そんな楽しい前日から、急に亡くなったとの連絡にEileenも愕然としたらしい。
私はただただ、信じられなくて。。。
彼女との思い出が走馬灯のように脳裏に浮かんできて、彼女の声も聞こえてきて。。。
彼女と最後に会話した時のことが忘れられない。
少しでも話せたことはラッキーだったとEileenが言っていた。
本当に何で近くにいられなかったのか、悔やまれる。
何で、こんなに早く逝ってしまったのか。
去年最後に会った時は今まで通りのJeanだったのに・・・
もう一度会いたかったよー
Jean!!
何で日本とアメリカはこんなに離れているのかな-
直ぐにいけなくて、苦しいよー
涙が止まらない。。。
異国でいつも温かく包んでくれたJean。
有難う
Jeanがしてくれたすべての愛情。忘れないから!!
Many many thank you Jean.
I love you too!!