今朝の「とくダネ」の中でタイラー・アンダーソンさんのことをやっていた。
ヴァージニア州の友達からメールが送られてきてから、お父さんの名前も見ていたので、
ご両親をTVで見ることができた
やはり自分のこどもの対しての感情の出し方は、文化の違いがあると感じた
タイラーさんを”誇りに思う”と言われていた
ご両親と大学や友人で直ぐに彼女のファウンデーション(Taylor Anderson Foundation)を立ち上げたとも言っていた
深い悲しみはあっても
彼女のご両親は見た目も、
お話しされている姿からも”ご立派”だと感じた
表現の方法が違うのだ
アメリカでいつも思っていた
危機や特別な状況などに対してのみんな行動が早い
協力体制がスゴイ
今回のタイラーさんのことも、
私へのメールもすごい速さで
沢山の人が送ってくれた
人への慰めや思いやりの言葉を直ぐに伝えてくれる
コミュニケーション能力の違いなのであろう
いつも表現の仕方が素晴らしいと思っている
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ただ、この番組をみて疑問に思った
いや、彼女の消息のことを調べている時から感じたのは
彼女は学校で子どもたちを保護者に引き渡した後、
自転車で自宅に向かっていた最中に津波に襲われたらしい
今日の番組の中で、
彼女が最後にいた小学校の校長先生が彼女が教えていた教室などを案内していた
校長先生のタイラー先生に対しての”思い”などのコメントはなかった
これも不思議に感じた・・・
私の疑問は、
その学校は津波の被害がまったくなかったように見えた
何故彼女はそこにとどまらなかったのか
何故、彼女は自転車で帰ったのか・・・
誰も彼女に助言したり、避難した方がいいなど言わなかったのだろうか?
地震が起きた時は彼女は学校にいたのだ
子どもたちを迎えに来た保護者に全員引き渡していたらしい
だとしたら、何故?
周りには誰もいなかったのか
保護者や他の教師は忠告や助言をしなかったのか?
誰かの責任を問い正したくて書いているのではない
異国で言葉も100%分からなかったであろうタイラーさん
テレビでも、他の報道でも誰も彼女に助言した人のインタビューや証言はなかった・・・
皆さん今それどころではない状態なのは分かる
でもなにか心のざわめきが止まらない
「とくダネ」の報道の中でも、どちらかというと”美談”のように扱われていた
肝心なところは何も放送されなかった
日ごろから彼女に津波のことや避難することなど つたえていたのであろうか?
石巻でも本当に沢山の犠牲者がでたのは知っている
彼女は津波の被害者の一人かもしれない
ただ、ただ、何故?
と思わされる
特に今日の番組内で最後にいた学校の状況から見て余計に強く思った
私も海外に住んでいた経験から、たわいもないい情報が分からなかったり
困ったりしたことがあった
自分から聞かないと分からないこと
自分が調べないと誰も教えてくれないこともあり、失敗したことも多々ある
でも沢山の人に助けてもらったから生活が出来たのである
彼女もきっと沢山の人に助けてもらって生活していたに違いない
パーソンファインダーの中でも、生徒のおじいちゃん?か誰かが、
タイラーさんの消息をあちらこちらの避難所で確認していた人がいたらしい
だから彼女を気にしていた人は絶対にいたはず
特に学校の先生達は交流などなかったのか???
もし、彼女に正しい情報があったら・・・
と思うと残念な気持ちでいっぱいである
沢山の方が亡くなり、いまだに沢山の方が行方不明である
それぞれに、「もし」が成立していたら
助かっていたかもしれない状況が本当に沢山あったに違いない
校庭で点呼中の小学生たち
防災無線で命を掛けて、必死に避難のアナウンスをした方
避難所に行っていたのに津波にのみこまれた方
人を助けようと思って自分ものみこまれた方・・・
ご老人は歩くのが遅くて避難途中に・・・
共働きの娘夫婦の孫の面倒を見ていたおばあちゃん
それぞれの状況下で必死だったに違いない
状況を考えると胸が苦しくなり、涙が出てくる
皆さんが助かって欲しかった・・・
報道は遠くに離れている私たちに、現状を伝えてくれる
ただ、そこには断片的な事も多い
ストーリーにしてしまうことも多い
時には被災者に対してのレポーターのインタビューをみていると
質問内容にヒヤヒヤしたり、腹立つこともある
人の不幸を生演出しているかのように感じる時もある
テレビの報道の在り方に対して
もう少し視聴者も意見を伝えるようにした方がいいように思う
報道する側も、断片的ではなく
色々な方向から取材し、正確に伝えて欲しい
とくだねの笠井さんが、涙を流しながら被災者の方と話している姿に
涙が出た
被災地で深刻にレポートしていた人が、東京のスタジオで言う言葉にはとても現実感がある
その人の感じたことが伝わってくる
でも、ガソリンも不足している中で
たった1日いて直ぐに帰って来ていたテレビのアナウンサーが沢山いたが、
勿論自分の目で見たものを伝えることが一番視聴者に伝わることだとは思うが、
東京のスタジオで
現場の話をしている姿には違和感と非現実的だと思わされる
報道は現状を生で伝える役割があるとは思うが、
あまりにも被災地の現状が悲惨であるところと、
東京のギャップからか非現実の報道だと、
とても違和感を感じたのは私だけだろうか。。。
たまたま、アメリカの友人からタイラーさんの消息についてのメールが来なかったら
タイラーさんについて知ることもなかったかもしれないほど、報道されなかったし、
タイラーさんを知って、自分も逆な立場にいた経験からの共感もあって
疑問が湧いてきた
被災者の方、犠牲者の方には
いまだに胸が詰まる思いで
心が痛む
そして何もできない自分に対しても心が痛む
テレビの情報番組をみると、余計不安をかきたてられる
報道はすべてを丸のみにしてはいけないと感じた・・・
ヴァージニア州の友達からメールが送られてきてから、お父さんの名前も見ていたので、
ご両親をTVで見ることができた
やはり自分のこどもの対しての感情の出し方は、文化の違いがあると感じた
タイラーさんを”誇りに思う”と言われていた
ご両親と大学や友人で直ぐに彼女のファウンデーション(Taylor Anderson Foundation)を立ち上げたとも言っていた
深い悲しみはあっても
彼女のご両親は見た目も、
お話しされている姿からも”ご立派”だと感じた
表現の方法が違うのだ
アメリカでいつも思っていた
危機や特別な状況などに対してのみんな行動が早い
協力体制がスゴイ
今回のタイラーさんのことも、
私へのメールもすごい速さで
沢山の人が送ってくれた
人への慰めや思いやりの言葉を直ぐに伝えてくれる
コミュニケーション能力の違いなのであろう
いつも表現の仕方が素晴らしいと思っている
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ただ、この番組をみて疑問に思った
いや、彼女の消息のことを調べている時から感じたのは
彼女は学校で子どもたちを保護者に引き渡した後、
自転車で自宅に向かっていた最中に津波に襲われたらしい
今日の番組の中で、
彼女が最後にいた小学校の校長先生が彼女が教えていた教室などを案内していた
校長先生のタイラー先生に対しての”思い”などのコメントはなかった
これも不思議に感じた・・・
私の疑問は、
その学校は津波の被害がまったくなかったように見えた
何故彼女はそこにとどまらなかったのか
何故、彼女は自転車で帰ったのか・・・
誰も彼女に助言したり、避難した方がいいなど言わなかったのだろうか?
地震が起きた時は彼女は学校にいたのだ
子どもたちを迎えに来た保護者に全員引き渡していたらしい
だとしたら、何故?
周りには誰もいなかったのか
保護者や他の教師は忠告や助言をしなかったのか?
誰かの責任を問い正したくて書いているのではない
異国で言葉も100%分からなかったであろうタイラーさん
テレビでも、他の報道でも誰も彼女に助言した人のインタビューや証言はなかった・・・
皆さん今それどころではない状態なのは分かる
でもなにか心のざわめきが止まらない
「とくダネ」の報道の中でも、どちらかというと”美談”のように扱われていた
肝心なところは何も放送されなかった
日ごろから彼女に津波のことや避難することなど つたえていたのであろうか?
石巻でも本当に沢山の犠牲者がでたのは知っている
彼女は津波の被害者の一人かもしれない
ただ、ただ、何故?
と思わされる
特に今日の番組内で最後にいた学校の状況から見て余計に強く思った
私も海外に住んでいた経験から、たわいもないい情報が分からなかったり
困ったりしたことがあった
自分から聞かないと分からないこと
自分が調べないと誰も教えてくれないこともあり、失敗したことも多々ある
でも沢山の人に助けてもらったから生活が出来たのである
彼女もきっと沢山の人に助けてもらって生活していたに違いない
パーソンファインダーの中でも、生徒のおじいちゃん?か誰かが、
タイラーさんの消息をあちらこちらの避難所で確認していた人がいたらしい
だから彼女を気にしていた人は絶対にいたはず
特に学校の先生達は交流などなかったのか???
もし、彼女に正しい情報があったら・・・
と思うと残念な気持ちでいっぱいである
沢山の方が亡くなり、いまだに沢山の方が行方不明である
それぞれに、「もし」が成立していたら
助かっていたかもしれない状況が本当に沢山あったに違いない
校庭で点呼中の小学生たち
防災無線で命を掛けて、必死に避難のアナウンスをした方
避難所に行っていたのに津波にのみこまれた方
人を助けようと思って自分ものみこまれた方・・・
ご老人は歩くのが遅くて避難途中に・・・
共働きの娘夫婦の孫の面倒を見ていたおばあちゃん
それぞれの状況下で必死だったに違いない
状況を考えると胸が苦しくなり、涙が出てくる
皆さんが助かって欲しかった・・・
報道は遠くに離れている私たちに、現状を伝えてくれる
ただ、そこには断片的な事も多い
ストーリーにしてしまうことも多い
時には被災者に対してのレポーターのインタビューをみていると
質問内容にヒヤヒヤしたり、腹立つこともある
人の不幸を生演出しているかのように感じる時もある
テレビの報道の在り方に対して
もう少し視聴者も意見を伝えるようにした方がいいように思う
報道する側も、断片的ではなく
色々な方向から取材し、正確に伝えて欲しい
とくだねの笠井さんが、涙を流しながら被災者の方と話している姿に
涙が出た
被災地で深刻にレポートしていた人が、東京のスタジオで言う言葉にはとても現実感がある
その人の感じたことが伝わってくる
でも、ガソリンも不足している中で
たった1日いて直ぐに帰って来ていたテレビのアナウンサーが沢山いたが、
勿論自分の目で見たものを伝えることが一番視聴者に伝わることだとは思うが、
東京のスタジオで
現場の話をしている姿には違和感と非現実的だと思わされる
報道は現状を生で伝える役割があるとは思うが、
あまりにも被災地の現状が悲惨であるところと、
東京のギャップからか非現実の報道だと、
とても違和感を感じたのは私だけだろうか。。。
たまたま、アメリカの友人からタイラーさんの消息についてのメールが来なかったら
タイラーさんについて知ることもなかったかもしれないほど、報道されなかったし、
タイラーさんを知って、自分も逆な立場にいた経験からの共感もあって
疑問が湧いてきた
被災者の方、犠牲者の方には
いまだに胸が詰まる思いで
心が痛む
そして何もできない自分に対しても心が痛む
テレビの情報番組をみると、余計不安をかきたてられる
報道はすべてを丸のみにしてはいけないと感じた・・・