海に面している運がよければイルカが泳ぐのが見える。
目の前にカモメが舞う。時に虹がかかる。海は刻々と姿を変える。
さとみさんが昨年三月に開店した。
海。輪島市で生まれ育ったさとみさんの心が帰る場所でもある。
打ち明けたい悩みはいつも、袖が浜の海に流した。友のような海。
だから今度は「疲れや心の痛みを感じる人に少しでも救いになれば・・・。そうゆう人のために待っていたいな」との思いを込めて構えた空間だった。
常連客に九十五歳のおばあちゃんがいる。
午前中、軽い食事を摂った後、じっと海を見ている。
会話はほとんどない。
この時、さとみさんもまた、九十五歳のおばあちゃんの心になっている。
「さまざまなことを知っていて、海を眺めながら、あんなことあったな、こんなことあったなと思い出しているんじゃないかなって思うんです」
海を見つめて涙を流す人がいる。
そんな時そっと泣いていいんやよと言葉をかける。
けんかをしてきたのか、難しい顔をして入ってくる夫婦がいた。
でも、海を眺めるうちに顔がやわらかくなっていった。
店を出るときには笑顔。数日後、お礼の手紙が届いた。
さとみさんは和倉温泉の
加賀屋グループで十五年間、仲居として勤めた。
笑顔で接すれば笑顔が返ってくる。
相手の心の中に自分から入っていかなければ二度とお客様は来てくれない
教えられ、自らに言い聞かせ、身に付いた生き方は今も変わらない。
「あの時の自分は輝いていたと思う」と振り返る十五年。
心が行き止まりになった時、「海がすべてを抱えてくれた」という。
海が見える土地を四年前に買った。
時には、屋根まで波をかぶる場所であっても、心は晴れる。
年を重ねてもずっとここにいたいと思った場所に店を開き、海とオルゴールと名付けた。
いすに腰掛けると目の前にパノラマで海が広がる。
右手に八ヶ崎、正面は小木、左手に能登空港、穴水、ふるさと輪島の高州山、時には佐渡まで見える。
「海から空からたくさんのメッセージが心の中に届くような気がする」
この場所で、訪れる人を元気づけたいと願う。
昨年暮れ、県の子育てにやさしい企業推進協議会のプレミアムパスポートが届いた。小さな子どもも過ごしやすいようにと心を配る。
ハーブティーをはじめとする飲み物と軽食と、海と○○さんの笑顔と。
海とオルゴールの人間交差点には、訪れる人の心の黄信号さえ青信号に変える不思議な力がある。
2006 1 北陸中日新聞朝刊記事より