2023年3月22日
鹿児島県南九州市知覧町郡
というところにある
「知覧特攻平和会館」
というところへ行きました。
大日本帝国憲法下の太平洋戦争時、
1番若い子で17歳、
多くは20代前半の若い男子たちに
片道の燃料と爆弾乗せた飛行機を
操縦させて、米軍戦艦に体当たりさせた
特攻隊の歴史を展示してあるところです。
入り口入ったところで
映像による説明があって
すごくよくまとめてありました。
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昭和16年(1941年)
パイロットを養成するために
知覧に飛行学校作った。
その年に、太平洋戦争が始まって
最初は日本が優勢だったけど
どんどん劣勢になって
特攻機を飛ばすことになった。
(飛行機に片道の燃料と爆弾乗せて
アメリカの戦艦に突っ込ませる)
知覧の人々は
飛行場ができた時に
まさか特攻機が飛び立つように
なるとは誰も思わなかった。
1番若い子で17歳。
20代前半の若い男子たちが大半。
出撃するまで三角兵舎と言うところで過ごし
日の丸に寄せ書きを書いたり
母に向けた遺書を書いたり
出撃命令は前日に知らされました。
もうもう同じ年頃の男子を育てている母としてその子たちの親御さんたちの気持ちを思うと耐えられない歴史で涙が出ました。
大日本帝国憲法下では
若い人たちの命はひとつのコマとして
扱われて殺されたのです。
男子の母としては、絶対こんなことを繰り返してはいけない、と強く思わされる場所でした。
どうかどうか若い方々、人権がなく
個が尊重されない社会の恐ろしさを
ここを見て感じてほしい。
うちの中学卒業したてのダンシも神妙な面持ちで見て回りました。
〜☆end☆〜