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道浦母都子「無援の抒情」

  
1990 岩波書店 同時代ライブラリー

  道浦母都子(1947~)はいわゆる全共闘世代として1980年の歌集「無援の抒情」で華々しくデビューし、私も含め、短歌と縁遠い人々もその名前だけはどこかで見ているだろう。その彼女が20代半ばの1972-1974年ごろ、松江に住んだことがあるとは、夢にも知らなかった。

  神集う神在月と呼べる地に三度優しき秋を迎えぬ

それを知った衝撃で、彼女関連の本を県立図書館で探すと、エッセイや歌集などいくつもある中に、最新の短歌雑誌の巻頭に彼女の名を発見、単に健在であるばかりか、強い存在感を保っているのを知った。私は松江に来て満6年になるのに、毎日、全国紙・地方紙を数種ずつ読んでいるのに、読書会とか、演劇鑑賞会とか、文学教室とか、大学の講座とか、どれも短期間ではあったが、顔を出し、図書館にも入り浸っているのに、彼女の名前を目にも耳にもすることがなく、今まで出会わなかったことが不思議でならない。私が鈍感だったのか、あるいは「全共闘」の名がおとなしい人々を剣呑がらせ敬遠させているのか。
10年前には「花眼の記」という本も出しており、「花眼」とは老眼を意味するそうだが、あの痛み多い尖鋭な青春からともかく老眼になるまで生きのびられたことは、一瞬自分の歳月も顧みられて、素直に「おめでとう」と言いたくなる。この本は80年の「無援の抒情」全部、86年の「水憂」抄87年の「ゆうすげ」抄、88年の「吐魯番の絹」抄と、その他のエッセイよりなる。(歌の引用は「無援の抒情」から)

  白鳥の来しこと告げて書く手紙遠き一人に心開きて

 南国・和歌山に生まれ、大阪北野高校を出て早稲田大学に入り学生運動に加わり、近藤芳美の結社「未来」に参加し、新婚の夫の赴任先・松江について来た。ここでも「未来」会員を募り、松江で「未来全国大会」を開き、明るく元気いっぱいに活動しているように見えた彼女が、かつて学生運動の挫折という過去を持つことに誰も気づかなかった。夫との関係に苦しみ、保母の仕事で腰痛を起こしても、悩みを語る友も持てなかった。2年半で松江を去る。
 
  あてどなく街さまよいぬデモ指揮の笛の音のごと風の鳴る日は
  共に生きし三年を消すただ薄く白き紙なり震えつつ書く
  
夫は反対党派で夜な夜な党会議に出ていく。家庭内でも「トロッキスト」「民青」と呼び傷つけあうことがあった。しかしどうしてそういう相手と結婚したのだろう?またよそ者を信じず変化を拒む閉鎖的・保守的な風土に、見慣れぬ華やかな鳥が一羽飛び込んで美しい声で歌っても、一部の共鳴者をのぞけば、「誰だあれは?」とひそひそとささやき眼差しをかわす人々の間で、ロシアに攻め込んだナポレオン軍のように、沈黙の凍土の前に敗退を余儀なくされたのではないか。
 
  自らを見失うことなく生きん振り返るとき湖が輝く

それにしても安部洋子(島根県短歌連盟事務局長)の文章※は、まるで雨戸の隙間から外界を見るように、わずか3年足らずの遭遇だった若き母都子の姿ー物おじせず、積極的かつ行動的で、しかも女性の夢と他人への優しさを失わないーをわずかな枚数でくっきり描き出している。学生運動の荒れ狂う時期、おっとりと育った山陰の女性(だろうと思う、違っていたらごめんなさい)が、勢いよく飛び込んできた彼女に驚き惹かれ、時には彼女の速度についていけず戸惑った様子もうかがえる。しかし「未来」に安部ともう1人が入会し、山口県柳井市での近藤芳美の講演会に連れて行かれ「その時の近藤の講演に清新な感動を受け、その後、40年にわたる「未来」とのつながりが生まれた」と語る。
 
そういえば私の東京のアパートの隣人も偶然「未来」会員の女性で、岡井隆や近藤芳美らの本を山のように貸してくれたのが1990年9月だった。私は短歌という容器に自分の言いたいことは納まらないと感じてその道に入らなかったけれど。

  ガス弾の匂い残れる黒髪を洗い梳かして君に逢いゆく  

  炎あげ地に舞い落ちる赤旗にわが青春の落日を見る

安部洋子は
 「松江大橋を渡り、水際の道の草を踏みながら、夫との冷え切った仲を訴える友もなく、自身の飢渇を歩んでいたのだと、私は後に知った。」
 「船泊(フナハテ)の地ではなかった松江、幸せをもたらさなかった松江、むしろそれだからこそ鬱屈した感情のはけ口として、一つの世代を代表する≪無援の抒情≫の作品が生まれたと思われる。」と、歌人としての修練のしのばれる、的確な表現でしめくくっている。

※「続・人物しまね文学館」2012年山陰中央新報社刊 (この本に触れたのは県立図書館の一階展示場で)

追記(13-12-1)
実は道浦のエッセイを去年2冊読んでいた。しかしなだらかで日常的な文体に「無援の抒情」の歌人とは別人と認識したのであろう。

全共闘世代・団塊の世代に関する記事
 
→「恋人たちの失われた革命」 07-05-01
→「バーダー・マインホフ」  11-01-27
→「ノルウェイの森」     10-12-27
→「初恋」          12-02-16
→「コクリコ坂から」     11-07-26
→「主婦または主夫」     09-05-23
→「団塊の世代」        13-10-19                →「貴族の巣」        22-5-30 

コメント ( 2 ) | Trackback ( 0 )
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コメント
 
 
 
引用 (さいかち真)
2019-09-03 09:45:09
ご文章感心しました。道浦母都子についての記事、出典を明記のうえ引用させてください。
 
 
 
Unknown (Bianca)
2019-09-03 22:44:09
さいかち真様

ご連絡ありがとうございます。
どうぞお使い下さい。
 
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