goo

【本】脂肪の塊(かたまり)

これまで縁遠かったモーパッサン(1850~1893)。
子供のとき「子犬のピエロ」「ジュール伯父さん」を読んだことがあるが、読後感は救いようもなく暗かった。その上、かれには先天性梅毒があり、自殺して精神病院に入院後1年して死んだ。肖像画にもどことなく狂気が感じられる。

こんど島根大学公開講座「フランス文化入門」を聴いた機会に、大学図書館で借りた。

「脂肪の塊」と「モーパッサン短編集」(岩波文庫)

読んでみたら、思いのほか楽しめたのは、当方が年をとったせいもあるか。
文壇デヴュー作「脂肪の塊」がとりわけ秀逸だ。わずか30歳の時の作品だが、普仏戦争に20歳で従軍し、敗走して辛酸を舐めただけに、モーパッサンの反戦思想は筋金入りで、単に戦争の愚かさだけでなく、あらゆる人間の愚かさと意地悪さ、利己主義を抉り出している。

乗合馬車の種々雑多な客たち、貴族や実業家の3組の夫婦、革命家、尼さん2人と娼婦などの10人とプロシャ占領軍の間でおきる数日間の出来事だが、「あれ、この設定、どこかで見たような」と思ったら映画「駅馬車」1939米国だった。勿論、ジョン・フォードが拝借したのだ。

また映画「マリアのお雪」1935年も「脂肪の塊」を下敷きにした川口松太郎作「乗合馬車」を溝口健二が映画化しているそうだ。このように、外国の作家や映画人にも影響を与えたということは、モーパッサンの人間性への洞察と、劇的構成の素晴しさを示しているのではないだろうか。

「脂肪の塊」とは、丸々と肥った娼婦の呼び名(Boule de Suif)から来ている。まさか人の名前とは想像もしなかった。ふくよかな女体への好みはどこでも、いつの時代にも、男性の一部(大部分?)に存在するのかも。この直訳は、別のジャンル、例えば美容や料理の本という誤解を招きそうではあるが。
 
子供のころ読んだモーパッサンの短編にもう一つ「めぐりあい」がある。この物語は、非常に美しくて、熱愛する独り子をさらわれた両親が、長い間、すべてを犠牲にしてひたすら探し続ける。その一途さが報われて、最後は関係者の皆が幸せになるという、かれには珍しい心温まる物語で、児童図書に選ばれたのも納得がいく。「パパのピエールとママのジャンヌ」と言うセリフが、10数年のあいだ息子の記憶に残っていたせいで、再会がなるのだが、この部分は50年後の私の記憶にも残っていた。創元社の世界少年少女文学全集13巻、フランス篇。
社会的に身分の低いものが、ひとりの相手を一途に愛し続けるという設定は、短編「椅子直しの女」にも共通している。(7月29日記)
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« アメリカに旅... 3つの注意 »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
 
名前
タイトル
URL
コメント
コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。