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【本】石の花ー林芙美子の真実

太田治子著 2008年 ちくま書房

よく知られているように、著者は「斜陽」のヒロインと太宰治の間に生れた婚外の子である。(正妻の子は津島佑子)これは初めて知ったことだが、太宰の死後、林芙美子から養子に、という話があったそうだ。そのせいもあってか、この本は単なる評伝では無く、熱い追慕の情に支えられている。

印象的なのは、林芙美子に関する説を大胆に新しく解釈していることだ。菊田一夫作で森光子主演の「放浪記」が誤解を定着させた一因だと著者は言う。劇の中で安来節を踊り、でんぐり返しをするのが有名である。また、女性の文学仲間を蹴落とすようなシーンも出て来る。しかし、この劇はあくまでも大衆劇作家、菊田一夫の創作であることを忘れてはならない。芙美子は実際、一度くらいはドジョウすくいを踊ったかも知れないが、本来は詩人であり、生涯を通じて恋と芸術に生きたロマンティストだった。恋の相手はいつも芸術家或いは学者だった。そして又、手塚緑敏は、理解のあるよき夫というのが定説であり、私もそう信じていたのだが、少し違うようだ。彼は身体的暴力は振るわなかったが、言葉の暴力をふるい、彼女に生活の資を頼りながら、仕事には無関心だった。それから、告別式での川端康成の挨拶は有名だが、これも川端がもともと芙美子を嫌いだったせいでは、と著者は言う。いわゆる戦争協力についても、他の文学者の態度と比較して彼女に寄り添い、一方的にかぶせられた汚名をそそいでいる。ここまで芙美子に同情的に語った人は知らない。もっとも平林たい子の「林芙美子」はまだ読んでないし、多くを読んでいるわけではないが。川本三郎の「林芙美子の昭和」も戦争中の行動について似たようなことを書いているが、太田治子の言葉には異様なまでの迫力があり、胸に染み入る。

著者は、父、母双方の実家から孤立した中で育っただけあって、他人の愛情に敏感である。本人の直接の記憶にはないだろうが、自分を抱いてくれ、引き取りたいと言ってくれた林芙美子に対する溢れんばかりの愛を胸に、芙美子を読み解いている。本来、対象へのそういう愛が無ければ、真の理解は成り立たないだろう。これまで彼女の姿をNHK日曜美術館で見たり、最近は津軽の父の家を訪ねた番組を見たこともあり、幾つかのエッセイを読んだことがあるが、この著書は一番の力作に思える。父と母の両方から才能と感性を受け継いだ彼女も60代に入り、いよいよ本来の面目が現われ出した感じがする。

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