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【映画】濹東綺譚(ぼくとうきたん)

「濹東綺譚」(ぼくとうきたん)
1960年日本 東京映画 120分 白黒 監督 豊田四郎 原作 永井荷風
出演 山本富士子 芥川比呂志 鑑賞@松江テルサ

永井荷風没後一周年を記念して作られた同名小説の映画化。原作の持ち味を尊重しながら、玉の井に生きる娼婦たちや、当時の町の風俗を綿密に描き出している。主演の山本富士子は幻想的な美しさで娼婦役を演じきり、同年のキネマ旬報主演女優賞に輝く。

以上は「ぴあシネマクラブ」の紹介、私の所感はちょっとちがう。

まずは原作者・永井荷風に関して。基本的にこの人は好きである。作家として文章が好きというのではなく、男性として性的魅力を感じるのではなく、人間として生きる姿勢を尊敬している。(→07/1/3「私の好きな作家」参照)駒尺喜美の影響を受けているのかも。私の育った環境では、この人は他の耽美派(谷崎や川端)と同じく軽視または無視されていた。だから、荷風は両親や教師からの影響でなく、自分で知った作家に属している。
 
それはさておき、この映画は荷風を思わせる老作家=語り手のほかに、お雪(山本富士子)と交際する大江匡(ただす)という中学教師(芥川比呂志)が登場する。原作では「私」の書いている小説の主人公だ。

玉の井の環境は、じめじめした狭苦しい小路で、藪蚊が年中出て、こういうのを、懐かしいとか美しいとか言う人たちがいるかも知れないが、私には到底そうは思えなかった。

溝口健二の「赤線地帯」(1956)。この映画の時代は戦後、道は広く、女たちも総じて逞しく、情緒なんてどこにもなく、共感が持てた。というのも時代背景の差と共に、描く人の立場の違いだろう。戦前の玉の井に情緒を感じた人は、外の世界から逃げてきた人であり、女たちは、ここから逃げたいのに逃げられないのである。その立場は180度違う。時代は軍国主義真っ只中、男達も無力である。しかし、まだしも社会的地位とお金を持っている。地位もお金もない、頭の弱い、つまりあらゆる意味で自分より弱い女たちの間ではじめて安らぐ、まあ、大抵の男性はそうかもしれないが、そういう男が主人公だ。

永井荷風がそうなったのには生い立ちや家庭環境などから来る、やむにやまれぬものがあり、社会的な面では明治の「大逆事件」がある。「ドレフュス事件」に際してペンで戦ったエミール・ゾラとは違い、所詮じぶんは、正面から権力とは戦えないのだから、それならいっそ、江戸時代の戯作者の地位に甘んじようと、そのとき自覚したと、どこかで書いている。

芥川比呂志(龍之介の長男。三男は也寸志で「暗夜行路」の映画音楽担当)は長身、陰気な表情の二枚目だが、風に吹かれて暗い小路をさまよう様子が主人公にピッタリだ。山本富士子は「暗夜行路」でもそうだが、やけに明るく色っぽく振舞うのが「ぶりっ子」的だ。この女優は大阪に生まれ、京都府立第一高女を卒業した才媛で、1950年のミス日本に選ばれた因縁で、親善大使として渡米もしている。そういう輝かしい経歴の持ち主が、覚悟を決めて最下層の娼婦役を演じるのだから、多少の勇み足があったのかもしれない。本来の娼婦はもっと白けていると思うが・・・


「濹」とは(墨+みず)=墨田川の意味。「濹東」とは隅田川の東の地帯を指し、綺譚とは面白い話という位の意味らしい。

1992年に、津川雅彦、墨田ユキ主演、新藤兼人監督で同じタイトルで映画化されている。こちらは、「荷風の後半生を手っ取り早く知りたい人と、最近の若い日本女性の肉体的発育度を知りたい人にはおすすめだ。それ以上のことを求めてもムダ」と、(1994/4/15)の日記で切り捨てているが、ちょっと手抜きの感じ。
→「暗夜行路」7-11-25
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コメント
 
 
 
興味ありまっす (JT)
2007-12-18 22:42:20
こんにちは!
今は、墨東というと両国や錦糸町界隈という、ずっと南に下った地域のイメージが強い(個人的にはですが)けど、東向島界隈にあった玉の井あたりは足を踏み入れたことのない土地です。水戸街道を通過するぐらいかも、なんてローカルな話ですが・・・

>自分より弱い女たちの間ではじめて安らぐ、
>そういう男

映画もみないで聞くのも失礼かと思ったんですが、Biancaさんから見て、私娼との荷風的ロマンス(なのかな)からどんな感じを受けるものなんでしょうか?
”自分で知った作家”と聞いたもので、ちょっと興味あるなぁ~
 
 
 
Unknown (Bianca)
2007-12-19 08:46:23
JTさん、わりと身近な感覚で、あの辺を捕らえていらっしゃるのですね。私は錦糸町付近でしばらく勤めていた(「夜の商売」じゃないですよ。救急病院なので夜も働きましたが)ことがありますが・・・
さて、荷風と私は理屈の上から(フェミニズム関連で)つながっているので、あまり実感をこめては語れないのですが、娼婦と主婦、本質的にどこが違うのだというラディカルな視点で生きていた人だと思います。性差別の仕組みを鋭く見抜いていたのです。大金を抱えて、野垂れ死にに近い孤独な最後を迎えたのも、そんな体制に組み込まれるのを避けたのでしょう。駒尺喜美の「魔女の論理」にそのあたりが簡潔に述べてありますので、もし手に入ればどうぞお読み下さい。
 
 
 
よくわかりました。 (JT)
2007-12-22 08:06:49
Biancaさん、おはようございます!
フェミニズムで繋がっているというお話を聞いて、なるほどと思いました。さすがBiancaさん、私が言うのもなんですが、情緒的ではなく理性的に共感してるところにとても感心しました。

>性差別の仕組みを鋭く見抜いていたのです。

そうかーそういう視点で見ないと荷風の本質は見抜けないのですね。「魔女の論理」は早速読んでみることにしました。紹介ありがとうございます!
 
 
 
Unknown (Bianca)
2007-12-22 18:15:08
JTさん、荷風の人間的な部分、弱点も含めて、好きです。例えば、けちな所・・・以前世話になった女性が亡くなった時も、しぶしぶ最低限の香典しか出さなかったとか・・・(彼は親の財産を受け継いでおり文化勲章も貰ったお金持ちなのに)日記を読むと、独り者らしく、世間の常識に囚われない暮らしをしているのが分かります。ある年の1月1日も、「ココアとクロワッサンを食す」なんて書いてあったりして。それから、東京中を歩いて回った、ウォーキングの始祖といった側面も。歯の抜けた口元をほころばして、半裸の踊り子達と写真に納まってもいますね。
 
 
 
日本インターネット映画大賞募集中 (日本インターネット映画大賞)
2007-12-22 21:25:56
突然で申しわけありません。現在2007年の映画ベストテンを選ぶ企画「日本インターネット映画大賞」を開催中です。投票にご参加いただくようよろしくお願いいたします。なお、日本インターネット映画大賞のURLはhttp://www.movieawards.jp/です。
 
 
 
ありがとう (JT)
2007-12-26 22:15:18
「魔女の論理」読みました!
なかなか痛快であり興味深い内容でした。”エロスを全生命力のふれあい”とし、エロスの飽くなき追求者が、決してその追求を達成しえない原因として文化的・社会的に刷り込まれてきた潜在的性差別を捉え、鴎外や荷風そして吉屋信子のなしえた事、智恵子抄の悲劇、強姦の奥深さを論じているところの洞察力は凄い。女性文学者さえ男の視点になっているほど男文化が浸透しきってるとの指摘も興味深いものがありました。
そして、荷風の考えた主婦と娼婦のこと、ほんと良く分かりました。良い本を紹介して頂いてありがとうございます!また、こういった本があれば是非教えてくださいね。
 
 
 
こちらこそです! (Bianca)
2007-12-27 21:16:07
JTさん、本当に読まれたんですね。このはやさにはビックリです。これは発行が70年代で、書店にはもう置いてないだろうし、入手が難しいのではと思っていました。しかも、内容を的確に捉えてお出でで、これにも感動しました。JTさんが、男性でありながら、こういうフェミニズムに興味を抱くこともあるというのは、時代の差でしょうか、うれしい限りです。これからも、このジャンルも、その他色んな分野のものでも、遠慮せず発信していく勇気が湧いてきました。
 
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