映画の感想など・・・基本的にネタばれです。
しづのをだまき
映画「つむじ風」
1963 松竹 89分 レンタルDVDにて鑑賞
原作 梅崎春生「つむじ風}(東京新聞連載 角川書店刊行)
主題歌「つむじ風」作詞:永六輔 作曲:中村八大 唄:渥美清
監督 中村登 撮影 成島東一郎
出演 渥美清 伴淳三郎 若水ヤエ子 加賀まりこ 殿山泰司 川津祐介 桂小金治
沢村貞子 伊藤雄之助 冨士眞奈美 大泉滉 藤田まこと
当時のわたしは18歳、ジャンヌ・モローや、アンソニー・パーキンスやジャン・ポール・ベルモンドの出るような映画が好きだったので、この映画は完全に範囲外だったと思う。しかし年を取るとある意味で大らかになってくるのか?少なくとも、良い部分を見つける余裕が出る。淀川長治ではないが……。
(物語)
東京のとある町に、忽然と現れた男(渥美清)徳川家の末裔「松平陣太郎」と称し、小さな欲望に振り回される人々の小さな社会を引っ掻き回して去ってゆく。主題歌を歌う渥美清、なかなかいい声である。
原作者は「桜島」「幻化」など虚無的な印象のみ強い梅崎春生、殆ど読んではいないがこんなものも書いていたとは。
終戦時に30歳であった彼は、若くして死ぬ運命を覚悟していたのに突如長生きを許された。
「医学が発達して人間が長生きになると……」という表現は端的にそれを表現しているようである。撮影は成島東一郎。(青幻記)
この主人公、少しのちのフーテンの寅に似ているが、違うのは現実的な悪知恵が働くところ。富士真奈美の女子大生が伴淳三郎と援助交際をしているのだが、なかなか向学心があり、大学を出るまでは我慢してお妾をやる。渥美が国文科の彼女にどこの松平?と問い詰められ「雲州十五万国」「ああ、島根県の松江ね」とあしらわれるくだりは、当地の人間が聞くと失礼に感じるのだが……。加賀まりこと川津裕介が、親同士の反目をよそに「ロメオとジュリエットのように」好きになる。川津は番台にいて文学書に読みふけり、書棚にはシェークスピアと吉屋信子(なんという取り合わせ!)がある。ドタバタ結婚式の牧師が藤田まこと。
風呂屋の料金が当時は20円だったというが、値下げ競争で5円にまで下げられて、客で芋の子を洗う騒ぎになったり、「200m以内には銭湯を建てられない」と言う条例があった、今思えば夢のような、銭湯の黄金時代である。
伊藤雄之助は流行作家だが、秘書にすっかり管理されていて欲求不満。桂小金治は失業中のサラリーマンで妻の沢村貞子と家庭内別居中。伴淳三郎は殿山泰司と商売敵。そういう小さな町内だ。
渥美清は寅さんと似ているようで違う面を見せ、あまりにも若かった沢村貞子・富士真奈美・加賀まりこが見られることはもうけもの、昭和30年代の日本の風俗、テンポ良い音楽など、一見の価値あり。★★★1/2。
「出雲人」→ 10-10-5
渥美清 →「学校」13-11-14
藤田まこと→「明日への遺言」 8-4-23
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