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結婚の奴


 能町みね子著 2019年平凡社刊

「人を食った結婚」をしようと、愛情も欲望も抜きで、子供を持つ気もなく、三十代のトランスジェンダーの女性と四十代ゲイのサムソン・高橋の行った「結婚」のいきさつを、淡々と綴った、エッセイあるいは私小説。

図書館で長い間待たされ漸く手に入ったので期待に満ちて読み始めたが…。

そもそも彼女の存在を意識したのは最近だ。年明けの1月9日、何かしながら耳だけTVに向けていたとき、大相撲の取組みについて誰かが短く語った、その低めの声と、軽い口調に、TVでは滅多にない知的センスを感じた。すると相方が、「この能町みね子って、もと男なんだよね」と言ったのだ。ネットで調べ図書館で著書を検索すると、すごい人気で予約待ちが何十人。そこでとりあえず3冊借りたのが2月10日。当ブログにアップした。2月26日にまた借りたのが「オカマだけどOLやってます」「勉強できる子卑屈化社会」前者は、手術前に綴っていたブログの書籍化。後者は前川ヤスタカ著で、後半のインタビュー部分にのみ登場。どちらもいたって平静に書き、喋っているのは、時代の差だろうか、ブログという媒体のせいだろうか。テーマ、タイトルから当然期待される、深刻な問題提起、問題解決への努力、重たい感動などはなく、私としてはあっさりいなされた感じだ。能町の用心深さもあるのか。見かけと違う人生を生きるためには、絶えず保身の意識を働かせ、ひかえめにならざるを得ない。あたかもナチスの士官学校に入学したユダヤの男の子のように。

著者はいま40代初め、私から見ると子供の世代である。それにそもそも彼女の文は今の時代にふさわしく、情けない状況を述べて読者から優越感まじりの同情を得ようとしており、自分を誇ったり、人を励ましたり、勇気づけたりと言う意図はないとのこと。だからスカッとしたいという期待は裏切られる。なかでも、まだ性転換手術を受けるまえ、性を体験しようと交際した男性の描写があまりに情けなく、その住んでいるゴミ屋敷ふうアパートや、彼の趣味の悪さは悲惨で、才気と能力のあふれる著者がどうしてこんなことまでする必要があったのか、と痛々しさを感じた。それは雨宮まみの生き方について、著者が感じたであろうものと同じかもしれない。

ただ、過去はさておき、女性が37歳で経済的にも仕事の上でも自立している、そういう状況で結婚を考えるということはなかなかよい。今どきは当り前かもしれないが、私のころは、女性が自立できず結婚に逃れることはよくあった。誰しもある若き日の無知と試行錯誤から脱け出して、十分考えた末にこういう生活に入ったことは、ある意味成長だし、絶大とはいえないささやかな幸せだが、幸せを得られて良かったなあと思う。

ここで私事を。彼らは内縁、わたしは法律婚の違いはあれ、中身はある部分で一致している。男が家事が得意で場合によっては専業主夫もいとわず、女は家事ぎらいで不得意、子供は両者とも希望せず(これは重要)という点。「人を食った」結婚という点でも、私らはわざと四月一日に届けたり、会食の席に私は彼と同じ灰色のパンツスーツで、同サイズの色違いの靴をはいて出席したり、協力隊から帰国したら別れると公言していた。結局は40年以上続いてしまったけれど。永遠の愛を誓いながら4年くらいで別れる夫婦も多い。

予期せぬ収穫は、サムソン高橋という人を知ったこと。鳥取出身で大阪外語大出(この2点は我々の各々と共通する。ついでに能町の下の名前も…)彼は骨太で読みやすい文を書く人だ。ただし図書館にはおいてない。(あのタイトルでは無理もないか)

「奴」は「やつ」とも「やっこ」とも読める。「結婚の奴」には3通り位の意味があるらしい。(これはあとで本人が語っていることで、本にはない)
「やつ」とは、知人から執筆中に本のことを「あの”結婚”のやつ、どうなってる?」と聞かれたのがヒントになったとか。当初は「結婚の追求と私的追求 」という題だった。
「やっこ」とは(「恋の奴(やっこ)」という表現が万葉集にあるが)「結婚の奴隷」つまり結婚ということにあまりにもこだわっている自分、そして世間をもさしている。「結婚のやつめ」と、過大評価されて多くの人間を不自由にしている結婚をののしる意味もあるかも。

図書館でこの表紙を最初に見たとき、思い出したのは、「御目出糖」と言うお菓子。私が20歳、50年以上まえの、長兄の結婚式の手土産で、鹿児島の高麗餅(これもち)に似たもっちりとした味が好きだった。(なお我が家には子が5人いたがこの長兄の時が唯一回だけ、世間並に式と披露をした。私の時は「やれやれ厄介者が片付いたか」という嬉しさの余りか、例外的に兄姉弟が日本の東西南北から集まったが、それ以外3人の結婚はごく控えめ、事後報告で招待もなく、祝金もなし)このピンクと赤の表紙は、著者の目指す「世間一般の結婚」を彷彿とさせ「なかなかいいじゃない!」とほほえんでしまった。

→「能町みね子3冊」  21-2-21
→「二本立て」   18-1-28
→「きもの」    18-1-29
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