植物によるがん治療のお手伝い 聡哲鍼灸院日記

植物で心身を癒す施術の日々。そこから感じたこと、学んだことなど。。。

日月神示で学んでいること

2005年05月20日 23時47分14秒 | 神道、預言、13の月の暦
 シルバーバーチの霊訓から始まる霊的知識に触れていたことがあったので、日月神示で語られていることがいちいち腑に落ちる。もしまったく霊的なことを知らないで日月神示に出会ったとしてもまったくその価値を僕は理解できなかっただろう。

 以下の点が僕が反省したり新たに気づかされたことの一部だ。

 「死後の生活知らすことはよいなれど、それのみによって改心せよと迫るのは悪のやり方。奇蹟を見せ、病気を治してやるのも良いのぢゃが、それのみによって改心を迫ってはならん。それのみで道を説いてはならんぞ。そんなこと位でマコトのホッコン改心が出来るならば、人間は遠の昔に改心して御座るぞ。」

 →『シルバーバーチの霊訓』などから学んだことを癌患者さんに伝えてきた。もちろん伝えるだけで押し付けるようなことはしてこなかったけれども「病を機にこれまでの自分を振り返ることは大事ですよ」とは伝えてきた。

 併せてレイキなどにより不思議に体調がよくなることを体験してもらって霊的なことを伝えてきた。それをもとにスピリチュアリズムを押し付けることはしてこなかった。それは良かったと思う。しかし霊的視点からのみの説得に傾きがちなので反省している。

 「今までは悪の世でありたから。己殺して他人助けることはこの上もない天の一番の教えといたしていたが、それは悪の天の教えであるぞ。己を活かし他人も生かすのが天の道ざぞ。神の御心ぞ。」

 →確かに言われてみればその通りだと思う。創造神はどのような命も大切にするはず。自己犠牲は美しく感じるけれどもそれを最上とすることは間違いだ。自爆テロは自己犠牲により自分の信ずるもの(教義など)を守るための最上の行為と見做されているけれども、それが不幸を呼んでいるのも事実。今という時だからこそ、この言葉は深く理解できたのかもしれない。

 「物の文明、あしざまに申す宗教は滅びる。文明も神の働きから生まれたものぢゃ。今迄の宗教は肉体を悪と申し、心を善と申して、肉体をおろそかにしていたが、それが間違いである。汽車あれば汽車に乗れよ。飛行機あれば飛行機に乗れよ。歩いたり馬で行くのでは間に合わんことになっているぞ。そなたの頭で割り切れんと申してブツブツ申すでないぞ。あるものそのものが真実であるぞ。そのあるものを拝み、祝福してそこから出発せよ。現在を祝福することは過去を、未来をすべてを祝福することぞ。たとえ如何なる現在も、その現在を祝福せねばならん。喜びせねばならん。」

 →僕は行き過ぎた文明に対しては批判的である。ユビキタス時代と言われ、外出先から自宅の冷蔵庫の中身がチェックできて買い物先で便利である、などという携帯電話のようなものがその批判の対象なのだけれども、僕のそういう考え方を上のようにすでに数十年前の神示で諌めていたのだと知った。この文章のほかにも回りにある環境すべてを受け入れよという言葉があって、自分が周りの環境を否定的に考えるので世の中が否定的になっていくのだと解説していた。

 “目からうろこ”の指摘が多々あり今の僕にとっては滋養の多い書物となっている。
コメント
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