★文楽=人形浄瑠璃
文楽=人形浄瑠璃で、正式には人形浄瑠璃芝居と言います。
浄瑠璃語り、三味線弾き、人形遣いの三者で成り立つ芝居の形式を示します。
文楽とは「文楽座」という興行小屋で、幕末から明治前期にかけて代表的な
劇場でした。
このため、上演される人形浄瑠璃もいつしか「文楽」と呼ばれるようになり
ました。
★浄瑠璃と義太夫、常磐津、清元、長唄
浄瑠璃、義太夫は、おおざっぱに言うと人形浄瑠璃芝居におけるBGM部分。
浄瑠璃とはもともと語り、あるいは三味線を伴奏音楽とする語り物という
意味です。
最初に「浄瑠璃」と言われたのは「義太夫節」でした。
時代が下って、江戸で派生したのが常磐津や清元、長唄。
人形はしゃべれないので、浄瑠璃を使ってセリフを言わせています。
古くは琵琶法師による琵琶をBGMにした語りだったそうです。
最初に語られたのが、牛若丸と浄瑠璃姫の話だったところから、浄瑠璃と
言われるようです。
(現在のように、三味線に語りをのせるようになったのは16世紀に三味線
が日本に入ってきてからで、この頃のものは古浄瑠璃とよばれます。)
17世紀に入ると、大阪に、語り手の天才 竹本義太夫が表れます。
「竹本座」を構えて古浄瑠璃から独立し、太棹の三味線の調べに乗せ優艶
な節回しで語る義太夫節はたちまち人気を呼びました。
いつしか義太夫節が文楽のBGMとして幅を利かせるようになり、上方では
「竹本義太夫」の創り出した義太夫節を、浄瑠璃と同義語として扱うよう
になったそうです。
ですから義太夫を「義太夫浄瑠璃」などと言ったりもするようです。
「浄瑠璃」は「語る」という言い方をします。
決して「歌う」ものではありません。
ですから演奏者は「語り手」であり「太夫」と呼ばれます。
現在は、歌舞伎の世界では「太夫」という字を使い、文楽では「大夫」と
字を使い分けています。
義太夫は、歌舞伎と文楽で使われていますが、文楽座の方が格が上と
されていて文楽から歌舞伎へ転身することはあっても、その逆はありま
せん。
難しいデス・・・
文楽=人形浄瑠璃で、正式には人形浄瑠璃芝居と言います。
浄瑠璃語り、三味線弾き、人形遣いの三者で成り立つ芝居の形式を示します。
文楽とは「文楽座」という興行小屋で、幕末から明治前期にかけて代表的な
劇場でした。
このため、上演される人形浄瑠璃もいつしか「文楽」と呼ばれるようになり
ました。
★浄瑠璃と義太夫、常磐津、清元、長唄
浄瑠璃、義太夫は、おおざっぱに言うと人形浄瑠璃芝居におけるBGM部分。
浄瑠璃とはもともと語り、あるいは三味線を伴奏音楽とする語り物という
意味です。
最初に「浄瑠璃」と言われたのは「義太夫節」でした。
時代が下って、江戸で派生したのが常磐津や清元、長唄。
人形はしゃべれないので、浄瑠璃を使ってセリフを言わせています。
古くは琵琶法師による琵琶をBGMにした語りだったそうです。
最初に語られたのが、牛若丸と浄瑠璃姫の話だったところから、浄瑠璃と
言われるようです。
(現在のように、三味線に語りをのせるようになったのは16世紀に三味線
が日本に入ってきてからで、この頃のものは古浄瑠璃とよばれます。)
17世紀に入ると、大阪に、語り手の天才 竹本義太夫が表れます。
「竹本座」を構えて古浄瑠璃から独立し、太棹の三味線の調べに乗せ優艶
な節回しで語る義太夫節はたちまち人気を呼びました。
いつしか義太夫節が文楽のBGMとして幅を利かせるようになり、上方では
「竹本義太夫」の創り出した義太夫節を、浄瑠璃と同義語として扱うよう
になったそうです。
ですから義太夫を「義太夫浄瑠璃」などと言ったりもするようです。
「浄瑠璃」は「語る」という言い方をします。
決して「歌う」ものではありません。
ですから演奏者は「語り手」であり「太夫」と呼ばれます。
現在は、歌舞伎の世界では「太夫」という字を使い、文楽では「大夫」と
字を使い分けています。
義太夫は、歌舞伎と文楽で使われていますが、文楽座の方が格が上と
されていて文楽から歌舞伎へ転身することはあっても、その逆はありま
せん。
難しいデス・・・