三度目の恋 /  川上弘美

2022年08月29日 | か行の作家
「伊勢物語」をモチーフにした不思議な恋物語。
 
現代を生きる梨子さんの物語と、梨子さんの夢の中で生きる人々の物語が並行して進んでいきます。
 
物語には恋がいっぱいあふれています。
梨子さんの初恋。
吉原の花魁の春月としての梨子さんの恋。
平安時代の在原業平に嫁ぐ姫さんの恋。姫さんの女房としての梨子さんの恋。
梨子さんの夫であるナーちゃんの恋。
梨子さんのお琴の先生、通子さんの恋。
高丘さんの恋。
そして、肝心な在原業平の恋…などなど。
とても数えきれません。
 
これだけ恋がいっぱいあふれていたら混乱するのでは?と思いますが、順を追って恋をしていくので恋は整然としています。
 
現と夢と。
それがはっきりとしているのが、整然としている理由です。
でも、やがて梨子さんは夢を見なくなっていきます。
夢をみないことには、過去に行って恋もできない。それが、さだめです。
だから、高丘さんにも会えない。
 
そうなのです。高丘さんは夢のひと。
高丘さんは梨子さんの夢で生きる人であり、梨子さんの夢の、夢をつなぐという役どころの人なのです。
 
そもそも、なぜ梨子さんは夢を見たのでしょう?
 
夢は隠れ蓑だからなのです。
隠れ蓑に包まれている限りは安らか。だから夢へ行くのです。
現の傷を癒す場所、それが夢なのです。
梨子さんには生きるために生きるがゆえに夢が必要でした。
 
現で、夢で、梨子さんはいろいろ経験をします。
その経験が糧となってひとりでも生きていける女性へと成長していきます。
ひとりで生きていける梨子さんは、隠れ蓑は必要としなくなっていきます。
やっと地に足をつけて歩いて行ける女性になったのです。
 
そんな大人の女性としてのこれからの恋。
 
さて、梨子さんは、どんな人に出会ってどんな恋を語るのでしょうか?
 
意外と、
私は梨子さんの夢が作った高丘さんではなくて、現の本当の高丘さんに出会うのではないか、という気がしますが…さて?
 
恋はしてもしなくても、この物語は現代を生きるわたしたち女性へのエール。
 
過去、今、そして未来。
変わっていくようで、変わらないいのちの営み。
どうにもかなしいときは、夢へ。
どんな過去でも、未来でも、
隠れましょう。
 
 
本文より
 
そう。確かに、わたしの立っている場所はすかすかで、その隙間を通して、むかしのことや、むかしむかしのことや、今のナーちゃんのさまざまが垣間見えてしまうのです。そして、それらのことごとが、わたしを揺らし、迷わせ、不確かにしてゆくのです。
 
つまり、外仕事は人さまの決断に従わなければならないストレスが大きく、家仕事は自分で決めなければならないストレスが大きいっていうことなのよね。・・・・・略・・・・
「引き裂かれているのね、わたしたちは」
 
 
 
 
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考えられないこと / 河野多恵子

2018年10月23日 | か行の作家
好き嫌い
歌の声
考えられないこと
詩 三篇
日記

河野多恵子さんの最後の作品集。

ケースから本を出すと、レトロな赤の、雑多なものが整然と収まった写真の表紙が現れます。
まるで秘密の小箱集、女性の心の中か、記憶の中のような。
このレトロな赤がとてもいいです。

私にとっては初めて読む河野多恵子さんの本。
3編の物語と詩と日記。どれもとてもストレートで簡潔。なので、読みやすいです。

「好き嫌い」を読んでいると、小さい頃の自分が頭の中に登場してきて、主人公のハマ子ちゃんはこうだったけれど、私はこんな子だったのよ…、と自分の過去を話し始めるので、短い物語なのに、倍くらい長い物語になってしまいました。
そして、幼い私に会えたこと、幼い私の周りにいた人たちに会えたことが、とてもうれしい。

物語は、不思議です。まったく別の物語を呼び寄せます。
そんな波長の合う物語に出会えたことが、またうれしい。

「考えられないこと」は、戦後結婚した兄が、戦死したはずの友人に会う話。
考えられないことではありますが、ないこともないことだとも思います。

ずっと、忘れ去られずに、何十年に一回でも、誰かの記憶の中に生きていられたらいい…。
なんて、兄の友人は思わなかっただろうけれど。
祝福したかった友人と、祝福してほしかった兄の気持ちが重なったのかな、なんて思います。

それから、物語よりも、河野多恵子さんてすごい!と思ったのが、日記です。
わずか数行で、確実に、その時代のその日に運んでくれます。


本文より

背中と同じように、人間が自分の本当の顔は、自分で見ることが出来ない不思議さ。
鏡やガラスに映る自分の顔は、本当の自分の顔ではない不思議さ。彼女は自分の顔がぶすっとしていることを視覚ではなく、顔そのもののなかから伝わってくる感じによって知るようになったのであった。

「いかんと言ったら、いかんのだ!それからの多い綴り方ほどいかん。ごくたまにそれからでなければならぬ場合がある。そういう時には、それからが一番いいんだ。使うのは、そういう時だけにする」





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マカロンはマカロン /  近藤史恵

2018年10月09日 | か行の作家
コウノトリが運ぶもの
青い果実のタルト
共犯のピエ・ド・コション
追憶のブーダン・ノワール
ムッシュ・パピヨンに伝言を
マカロンはマカロン
タルタルステーキの罠
ヴィンテージワインと友情

「ビストロ・パ・マル」シリーズの三作目です。

小さなフレンチレストラン、ビストロ・パ・マルを舞台にした謎解きの物語です。
食事に訪れる客の誰もがミステリーを抱えている、と言っても良いのかも。
そのミステリーを、フランス料理を間において、ビストロ・パ・マルのスタッフがさらりと解いていきます。
さらりと解いてひとつの物語が淡々と終わるのですが、終わった後もこの客たちのその後がとても気になります。

乳製品アレルギーの安倍さん、食べ歩きのブログを書いている美佐子さん、一人息子を連れての再婚が決まった館野さん、肉料理大好きのカップルの犬飼さんとリンさん、大学教師の西田氏を待つパン屋のジュリーさん、トランスジェンダーの岸部さん、妊娠中の亜子さん、友人関係に悩む嗣麻子さん、彼女たちのその後は、満たされているのでしょうか?

日常全部が満たされていなくても、満たされている部分があるのなら、それはそれで幸せ。
ひとつ何かが解決しても、問題はまた生まれてくるものだと思うし、だからこそ、食べることは大事。

自分の家の手作りの食事も大切だけれど、時には、素敵な肩ひじ張らないあたたかい雰囲気のレストランで食事を楽しむ。
自分へのご褒美として、あるいは誰かのご褒美として。
だから、安倍さんのようにおしゃれをして、「特別」を楽しむことが出来たなら。
と、ジーンズの私に自戒を込めて。

それにしても、三舟シェフのお料理、ひと口でもいいから食べてみたい!!


本文より


そう、たとえば、密封されていたペッコフの香りが蓋を開けられると同時に広がるように、閉じ込められていた愛も、それに気づいた瞬間に心を満たすものなのかもしれない。

「同じ、人間なのにね」

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