偽姉妹 / 山崎ナオコーラ

2018年11月08日 | や行の作家

この物語は、宝くじで3億円当たってそれを何に使ったか、というお話だと思います。
当たった正子さんが、誰のためにどう使ったか。
もちろん、いちばんは自分のため、であるのですが。


別の登場人物を主人公にして、このお話の別バージョンを描いてみたらとても面白いと思います。
私なら、主人公は、正子さんの友人でありニセ妹である、あぐりさん。

あぐりさんは、正子さんの友人でありニセ姉である百夜さんを仲間に引き入れ、宝くじで家を建て、まだ億単位のお金を持つ正子さんに寄生することにしました。

正子さんから泊りがけの夕食に誘われたのを良いことに、百夜さんと正子さんの家に住むことにしました。
住むのは、簡単でした。実の姉妹がいても住んでいればいいのです。
正子さんは「帰って」とは言わないことは、何となくわかっていたのです。友人ですから。

帰らないでいると、正子さんは、実の姉妹を追い出し、百夜さんとあぐりさんと姉妹になりたい、と言い出しました。三人とも、ラッキーとばかりに、ニセ姉妹が誕生しました。

そして、あぐりさんは、次の計画のチャンスを待ちました。
ほどなく、チャンスは訪れ、大好きな「パンを焼くこと」を仕事にすることができました。
めでたしめでたし。

百夜さんは、あぐりさんと正子さんに引っ張られる形でしたが、もとの仕事は派遣だったので、やはり住む家と仕事の心配もなくなり、なんと事実婚の夫までゲットしたのでした。めでたしめでたし。事実婚の夫って、やっぱり、ニセ夫?

しかも、ニセ姉妹もニセ夫婦も、喫茶店も40年後も続いているのです。めでたしめでたし。

で、正子さんの実の姉である衿子さんと園子さんの40年後は描かれていません。
なので、とっても気になります。もやもやします。

めでたしめでたし。でしょうか?それとも???

あっ、衿子さんや園子さんを主人公に物語を描けばいいのですね。
ニセ姉妹の三人より、ずっとめでたしめでたしの物語を。


本文より

「そうね、小説だってロボットが書けるようになるらしいね。でも、機械ができないことをやるのが人間じゃないよ。機械ができることでも一所懸命にやるのが人間だよね」

茂と結婚して主婦になったとき、金をもらって生活することの罪悪感を覚えた。宝くじの金で家を建てたとき、茂から苦々しく思われていたと今になってはわかる。・・・・・
ただ、百夜と正子とあぐりの組み合わせの場合、金の遣り取りの緊張が走らない。それが、百夜とあぐりを姉妹に選んだ理由のすべてのような気がする。









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口笛の上手な白雪姫 / 小川洋子

2018年11月01日 | あ行の作家

先回りローバ
亡き王女のための刺繍
かわいそうなこと
一つの歌を分け合う
乳歯
仮名の作家
盲腸線の秘密
口笛の上手な白雪姫



悲しみは至る所に転がっていて、人はどうしたわけか、それを拾ってしまいます。
ある悲しみは、消化されず、吐き出されるのをただ静かに待っている、その静かな時間の経過の貴重さを描く短編集。

どうしたら、吐き出すことができるのでしょう。

白雪姫を運ぶ王子様の家来が転んだ時に、白雪姫は、のどにつまらせたリンゴを吐き出した…。

自力と他力、ふたつが必要な気がします。自分の力だけではダメで、誰かの力だけでもダメで、自分と誰か、ふたつが合わさって、吐き出す力を得られる、たとえ、誰かが自分の想像上の人物であっても、偶然なきっかけであっても、それはそれでいいのです。
暗示力、そういう力を信じたくなります。

最初の「先回りローバ」を読んでいるとき、物語があまりにも静かに響いて来たので、何だか、微かに音が聞こえるような気がしたのですが、もしかしたら、あれはローバの口笛?

静かに微かに響いた音は、「一つの歌を分け合う」で子を失う母の悲しみにかき消されます。
その悲しみを見守る悲しみ、そうして、突然命を亡くした子の悲しみまで、悲しみは重なっていくのですが、吐き出されれば悲しみは、どこか清々しくさえあります。

思えば、童話の「白雪姫」の中で、一番悲しいのは、継母。
継母の中にあった吐き出されることのなかった悲しみを思うとき、継母も大事に大事にされた赤ちゃんの時はあったのに…と思うのです。


本文より

大事な何かを確かめ合う時、僕たちは無言の合図を送るだけで十分だった。

「大事にしてやらなくちゃ、赤ん坊は。いくら用心したって、しすぎることはない」


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