ミ・ト・ン / 小川 糸(文) ・ 平澤まりこ(絵)

2018年09月26日 | あ行の作家
泣きたい気持ちは、どこへ行くのか?
泣きたい気持ちは、消されてもいいのか?

読後、そんな思いに駆られて、ふと思いました。
泣かないわけはない、って。
ただ、描かれていないだけ。そのマリカの気持ちを、読者はどれだけ想像できるか、それでこの物語の深さが決まるような。

編み物も縫物も、口を結ばせます。
口を結ぶと、不思議と平和になります。
だから、我慢できたのかも…。

我慢できたとしても、一度でいいからマリカを思いっきり泣かせてあげたい。

描かれていない、思いっきり泣く、という行為も平和だからこそ、なのでしょう。

編み物を通して平和になる心と、平和にならない環境。
ラトビアをモデルにした国、ルップマイゼに生まれ育ち、結婚し、働き、家を建て、命を育み、別れ、そして死を迎える、マリカの一生。

私的には、マリカの子供時代をもう少し読みたい、と思いました。愉快で活発で、…、と思ったら、それは国が平和な時なのでした。

平和はやっぱり尊いです。

平澤まりこさんの絵がカラーだったらいいな、と思いました。

これからの寒くなる季節に、おすすめの物語です。



本文より


正義というのは。それぞれの役割を果たすということなのかもしれません。

ミトンは、言葉で書かない手紙のようなもの。

「言葉というよりは、その思いだけを届ける感じかな。沈黙の言葉とでもいうのか、無言の会話なんだよ」




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赤へ / 井上荒野

2018年09月19日 | あ行の作家

虫の息 
時計 
逃げる 
ドア 
ボトルシップ
赤へ 
どこかの庭で 
十三人目の行方不明者
母のこと


死をめぐる10編の短編集。


近しい人の死が、さざ波を立たせます。近いければ近いほど、波は大きな波になります。
自分の心に、相手の心に、亡くなった人への悲しみとは別に、生きている人へのざわざわとした言いようのない黒い感情。
そういう感情が、まっすぐこちらへ届いてきて、私自身も不穏な気持ちになります。

なので、いつ読んでもオーケーという物語ではありません。
絶好調、まではいかないまでも、それなりに調子が良くて元気な時に読むべき本です。
死が続くことが、次第につらくなってきます。死が続くことに加えて、生きている人物の生きるつらさが、余計につらくさせます。

その中で、「虫の息」にはちょっと救われます。イクちゃんの号泣、よくわかります。
生きていてくれた、そのほっとした安堵感は、この本の不穏さの中にあって貴重です。

生きていてくれるって、本当にありがたいことですね。


本文より

ひとりの女が死んだ。その責を分かち合う者を失う恐怖だ。











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ヴィオレッタの尖骨 / 宮木あや子

2018年09月11日 | ま行の作家


ヴィオレッタの尖骨
針とトルソー
星の王様
紫陽花坂

少女たちの独特の世界を描いた4編の短編集。

少女たちの世界を描きながら、浮かび上がってくるのは、男性のサガ。
嫉妬、執着、癖、そういう男性のサガが少女たちに纏わりついて、少女たちを結び付けて行きます。

次に浮かび上がるのは、少女たちの家族。
家族といても家族といなくても、少女たちはひとり、孤独。
孤独なゆえに、少女たちを固く結びつけるのかもしれません。

4編の中で、紫陽花坂は他の物語と趣が違うと思ったら、紫陽花坂は携帯小説でした。
私は携帯小説が苦手なので、ちょっと読みにくい。

登場する少女たちが多いので、誰が誰だかわからなくて、自分の気持ちをどこに置いていたらいいのか、物語の要というか、センターというか、芯というか、そういうものが最後まで探せ出せない。
それは、私の読み方が雑だったせいで、少女たちの名前をきちんとおさえて、もう一度読んでみたら違った世界が見えるように思えます。


本文より

いつまでこんな日が続くんだろうか。


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京都西陣なごみ植物店2 / 仲町六絵

2018年09月10日 | な行の作家


第一話 街角の草迷宮
第二話 清明の愛でた桔梗
第三話 どんぐりころころ
第四話 禁じられた花

京都西陣なごみ植物店シリーズの第二弾です。

前作の主な登場人物に加えて、新たにイケメン華道家、鈴池雪伸さんと小学生の黒森實君が登場します。小学生の黒森少年はともかく、イケメンの雪伸さんは、神苗さんの恋のライバルになりそうです。

前作を読み終わって期待した神苗さんと実菜さんの恋は、全然進展なしです。
まあ、このシリーズは、恋はメインにならない方がよいのかもしれません。
あくまでも、メインは植物の謎解きですから。

登場する植物は、シロイヌナズナ、ウズキキョウ、どんぐり、禁じられた花です。
禁じられた花というのは、第四話の物語の謎解きでわかる花なので、名前は控えます。
この花を見たことがあります。名前を聞いてどんな花なのかすごく気になって、咲いているというところに見に行きました。どこでも見られる花ではないので、貴重な花です。

茶花にしてはいけない花ということで、禁じられた花というタイトルなのですが、なぜ茶花にしてはいけないのかの説明もあり、それに納得しました。
女郎花、我が家の庭にもあるのですが確かに匂いがします。風情があって好きなのですが、活けるには適さないですね。

第四話、茶道や仏教のことなのでなかなか難しいです。作者は、書き終えた後大きな爽快感があったとあとがきに書いていますが。

私が好きなのは第三話です。染色のお話です。染色っていろいろな植物でできるんですね。
私の大好きなぶどう、巨峰でもできるそうなのでやってみたくなります。

それぞれの物語の最後に、登場した植物の絵が描いてあります。
とても良いです。ちなみに挿絵は、ふすいさんです。
カラーだったら、もっといいのにって思います。


本文より

「そうです。シロイヌナズナは、葉を傷つけられると他の植物の根を著しく生長させる化合物を出します。同じ種類だけでなく、他の植物にも警報を出すんです」




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京都西陣なごみ植物店 / 仲町六絵

2018年09月05日 | な行の作家


第一話 逆さまのチューリップ
第二話 信長公のスイーツ
第三話 さそり座の星
第四話 紫式部の白いバラ
第五話 蛍の集まる草
第六話 桜に秘める

6編の連作短編集。

主人公は、姉の植物店で働く実菜さんと植物園で働く神苗さん。
実菜さんは、植物の探偵でもあります。
つまり、植物にまつわることの謎解きです。だから、それぞれの物語に花が登場してきます。

「信長公のスイーツ」ではローズマリーが登場します。
信長とローズマリー、はてさてどんな関係があるのか…。

「さそり座の星」は、酔芙蓉。星と花ってどんな関係?

紫式部と白いバラの関係は?

「蛍の集まる草」はツワブキが登場です。どうしてツワブキに蛍が集まるのか?

「桜に秘める」では、桜に何を秘めたか?

とてもテンポよく、謎解きは進んでいきます。読みやすくてわかりやすいです。
一話一話、とても短い話ですが、奥は深いです。
それは、植物の奥深さであり、人の奥深さ。

いろいろな人間関係の中に登場する植物がとても存在感があり、思いがけない方向へ読者を運んでくれます。
まるで種になって飛んでいくような。着地点はここなの???って感じです。

実菜さんと神苗さんの恋も登場しますが、この1作目では進展はありません。
二人の恋は、2作目に期待です。


本文より

「…花が咲く直前の樹皮に桜色がぎゅっと詰まっているっていう話も面白かったです」



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