からだの美 / 小川洋子

2024年09月20日 | あ行の作家



 *外野手の肩
 *ミュージカル俳優の声
 *棋士の中指
 *ゴリラの背中
 *バレリーナの爪先
 *卓球選手の視線
 *フィギュアスケーターの首
 *ハダカデバネズミの皮膚
 *力士のふくらはぎ
 *シロナガスクジの骨
 *文楽人形遣いの腕
 *ボート選手の太もも
 *ハードル選手の足の裏
 *レース編みをする人の指先
 *カタツムリの殻
 *赤ん坊の握りこぶし


人間と動物の体の一部分にスポットを当てたエッセイ集。

「ゴリラの背中」の四人家族のゴリラのお父さんの広い背中で遊ぶ子ゴリラたちの楽しそうなこと、目に浮かびました。

篇に一枚の写真が載っていますが、ゴリラのお父さんの以外にふんわりしたユーモラスな背中がかわいくて。

からだの美を持つ人たちの姿をYouTubeで見てみました。
惹かれる場面が多々ありました。
ハードルの劉翔選手の三回のオリンピック。
特に三度目のロンドンオリンピックでの場面。彼の他にも同時に足を引っかけてしまった選手がいたり、そもそも跳んでいなかったりゴール寸前で倒れた選手がいたり。アクシデントがいっぱいでいったい何があったの?ってびっくりでした。

ただ、金メダルを取った彼が背負ってしまったものを想像すると、ため息ですね。

それから、当時の皇太子(現上皇陛下)御一家が観戦した日の初代貴ノ花と輪島の一戦。
水入りまであって見ごたえのある長い相撲で、昔のことなのについ熱く観てしまいました。


本書のカバーの作品は中谷ミチコさんの「すくう、すくう、すくう」。

両手をまるめて、水をすくう形が丸く表されていて素敵♪

このカバーを眺めながら、作者はその時の場面場面、一瞬一瞬をすくって、美しい文字にしたのだなと思いました。

そして、最後の篇赤ちゃんの握りこぶしの写真を見ていて思いつきました。
もしかしたら、みんな「まんまるの美」なの?、、、と。

ボールを投げるイチローさんの肩が描く弧。
「レ・ミゼラブル」で歌う福井晶一さんの包容力のある声のまんまる。
四角い将棋の盤の中心に渦巻く宇宙にある羽生さんの丸い中指の先。
未熟なものを守るぽこぽこ楕円なゴリラの背中。
トウシューズの中のバレリーナの丸い爪先がまわってまわってくるくる丸く。
丸いピンポン玉を見つめる石川佳純さんのまんまる目。
スケート靴と同じ円を宙に描くスピンの時の高橋大輔さんの首。
毛を脱ぎ捨てたハダカデバネズミの皮膚だけのまあるいからだ。
丸い土俵でぶつかり合う丸い体のふくらはぎの曲線美。
骨だって丸いよと美しいカーブを見せてくれるシロナガスクジラの背骨。
言葉以上に言葉にいのちをふきこむ命の源の人形遣いの腕の丸さ。
ボート選手たちを空に解き放す翼の脚、丸いふともも。
天国も地獄も踏み飛ばしていくようなハードルの真上の劉翔選手の足の裏の楕円曲線形。
女性の丸い指が生み出すレースの丸い空洞。そもそも編み目は一目一目が丸。
カタツムリのまるい殻につまっている「かなしみ」は殻の形だよね…。それは丸だから背負えるのです。
そして、赤ちゃんの握りこぶし。宇宙です。自分の握りこぶしを眺める赤ちゃんは宇宙へようこそ!と自分を歓迎しているよう。


これらのからだの美は時間の積み重ね。鍛えられた美。

私は何も鍛えてないけど…と凹みますが、生きていることがもう鍛錬!!!と思いましょう。

それにしても、石川佳純さんのボールを見つめる視線の素晴らしいこと。
それはこの一瞬を逃さずとらえたカメラマンの視線と鍛錬の素晴らしさとイコールで。少し先の見えない一瞬が見えていたのかも。



<本文より>

人は、そこにないけれどある、ものに出会った時、より静かに心の目を見開く。実際には見えないはずのものを見た、と思える時、いっそう心を揺さぶられる。(文楽人形遣いの腕)

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マリエ / 千早 茜

2024年09月08日 | た行の作家
先日読んだ千早茜さんの「グリフィスの傷」が読み応えがあったので、また彼女の描く物語を読みたくなりました。

「マリエ」は香水の名前、そして主人公の名前は「桐原まりえ」。
どんな匂いか気になりますよね。
「繊細なマリッジブーケをイメージして作られて香り」、と物語の中では説明されています。

まりえさんはこの香りを離婚の手続きの後に買って物語は始まります。

そもそも何故離婚したのか?については謎です。
夫の藤崎さんが「恋愛がしたい」と切り出し、まりえさんがそれに応じたという形ですが、ふたりとも本心は別のところにあるように思えます。

私は、夫の「恋愛がしたい」は、まりえさんの反応を探りたかった故の言葉のような気がします。
本当は「子供がほしい」だったのかも?なんて思って
まりえさんも本当は「子どもを産みたい」なんじゃないかな?

だから、揺れるのでしょう。

結婚するのかしないのか、子供を産むのか産まないのか、結果はわからないまま物語は終わります。

どの道を選んでも、まりえさんはまりえさん。
名の通った会社で仕事をこなし、清潔な明るい部屋に住んで、おいしいものを作って食べて、お気に入りの香水を買ったり、お酒を飲みながら愚痴る相手もいるし、先輩や友人にも恵まれている…もうすでにうらやましい幸せを手にしています。

十分幸せじゃん!!
って今思って
ああ、だから揺れるのねって気がつきました。

揺れるところは、そこしかないのだから。


<本文より>
そうなのだ、人は役割に流されて欲しいものや本当の気持ちを忘れていく





千早茜さん、嵌りそうです。
また読みたい!
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望月の烏 / 阿部智里

2024年09月03日 | あ行の作家









八咫烏シリーズ第2部 第4巻

成長した新たな金烏、凪彦の妃を選ぶ「登殿の儀」を舞台に物語は進みます。

この八咫烏シリーズの第一作「烏に単衣は似合わない」の舞台も「登殿の儀」。
本来なら「登殿の儀」は日嗣の皇子の妃選び。ですが凪彦はすでに即位して「金烏」になっています。凪彦は日嗣の皇子の経験もなく金烏になってしまったのですね。

それから「烏に単衣は似合わない」との違いは、東西南北の四家の姫たちの他にもう一人の美しい女性(女性でありながら女性を返上して男として生きる=楽女)が登場すること。
この美しい楽女が本作の主人公です。

肝心の妃の方はすでに決まっていて、どうやら凪彦本人もそのレールに乗ることに異議はないようです。
お妃選びにワクワクしていた私はちょっと肩透かしを食らいました。
もうちょっと誰になるのかな?ってドキドキしたかったかも?

それとも後に波乱があったりして?

それにしても、楽女をはじめとして女性たちの自由さには驚かされます。
権力や地位に弱い男性にはない軽やかな思考の自由。

「家」や「権力」の道具にされながらひらりとかわす…。
百官の長、黄烏となった博陸侯雪斎(雪哉)はまだ気づいてはいないようですが、ほころびていく山内を変えていく、平和に導いていくのは女性たちの思考力、地頭力なのかも。

否、男女が力を合わせた時、男女関係なく地位も関係なく同志が結集した時、山内を守れるのかも。

次の物語は山内を守る鍵、外界のようです。

<本文より>

*「政をおこなう者が、理不尽を知って知らぬふりをする。その怠慢こそが、政をおこなう者のーーー貴族の罪なのではありませんか?」

*「私も、家の道具として一生を終えるのはまっぴらごめんでございますしーーーそのように、他の者達を扱いたくもございません」
「だから、出来る範囲で、それを強いて来るもの達に抗ってやろうと思ったのです」




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グリフィスの傷 / 千早 茜

2024年09月01日 | た行の作家



「竜舌蘭」
クラス全員からの無視されていた時に道路わきの竜舌蘭の棘で太ももを切った女性の物語

「結露」
浴室の蛇口で腰に縫うほどの傷を負った女性と彼との物語

「この世のすべての」
男性から受けた暴力によって男性恐怖症になった女性と近隣に住む男性との物語

「林檎のしるし」
湯たんぽによる低温熱傷の既婚男性とその男性をちょっと好きな女性の物語

「指の記憶」
大学生の時バイト先の工場で指を切断してしまった男性とその指を拾い集めてくれた男性の物語

「グリフィスの傷」
自ら自分の腕を傷つける女性とSNSのコメントで彼女を傷つけてしまった女性の物語

「からたちの」
夫の不倫相手から殺されそうになった女性と傷跡を描く画家の戦争をはさんだ物語

「慈雨の」
子ども、兄妹、姉妹、不本意にも傷を負わせてしまった家族の後悔の物語

「あおたん」
美しい顔を持ちながらそれが不幸の原因と思う女性と入れ墨をした男性の物語

「まぶたの光」
先天性眼瞼下垂の手術をした女子中学生と女医の物語


傷をテーマにした短編集。

「グリフィスの傷」とは、ガラスについている目に見えない傷のこと。
ガラスはその目には見えない無数の傷でなにかの衝撃を受けると割れてしまうのだとか。ガラスの宿命みたいなもの?

この本に描かれた無数の傷がとても痛々しいのに、愛しいとも思えて、
傷なのに?と思ってみたり。
私の身体にも転んだりしたときの傷があちこちにあって、それもかわいくさえ思えて。

じゃあ、心の傷は?
と考えてみたら、かわいいとか愛しいとかは全然思えなくて、
心の傷は重いなあ・・・としか言えなくなりました。

昔、手首、というより肘から手首まで無数の傷のある十代の女子の壮絶な腕を思い出しました。

私の目が見たあの腕より心はもっともっと深い傷が覆っていたはず。

今は大人になった彼女の腕も心も少しでも癒えていてくれたなら。
そう祈りたい。




<本文より>

*人は驚くほど、人の痛みに無自覚なのだ。(竜舌蘭)

*傷の記憶は体の奥深くで疼き続けて消えることがない。(この世のすべての)

*その見えない傷が、いつの日かよみがえってあなたを壊してしまわないよう、わたしはずっと祈り続けます。(グリフィスの傷)

*人の悪意はこんな風に肌に遺るのだと伝えたかった。(からたちの)

*自分が忘れてしまった傷を覚えている人がいる。そんな安心感がこの世にはあるのだと、目をとじて雨音に身をゆだねた。(慈雨)

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