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先祖を探して

Vol.318 ご先祖さまの名前について ⑤これは何と読むのだろうか

ご先祖様のお名前、読み方などを島の方言と絡めていろいろと考察しておりますが、どう読むのか全く分からない名前がお爺さまの記録にあります。
以前に少し書いたことがある世之主の母方の要家のご先祖様になられる方だと思うのですが、1600年頃に生きた方です。

先久温➾先久統 

記録されているのはこの二人の親子の名前だけですが、このお二人は西世之主家統ということで、西世之主といえば徳之島に1500年代に琉球からやってきた役人です。その家と繋がっているらしい、先久温と先久統親子。この二人が要家とも繋がっているのであれば、もういったいどんな繋がりがあるのか?わけがわかりませんね。
しかし、沖永良部島と徳之島は1500年代から1600年頃にかけては、島の統治者が兼任していた時期もありますので、両島は統治者の一族が親戚関係として繋がっていたと思うのです。

そこで気になるのはこのお二人の名前の読み方です。

先久温
「せんきゅうおん? さくおん? さくはる? さくあつ? さくまさ? さくよし? さくやす?」

先久統
「せんきゅうとう? さくすじ? さくとう?」

はたしてどう読むのか?
このお二人も薩摩侵攻以前の生まれなので、名前に始めは漢字はなかったはずです。後で漢字を充てていると思うのですが、名前の先久の文字を「さく」と読んでいたのであれば、ちょっと気になることがあります。

当家の記録上のご先祖さまは、上から2代は中城➾池久保という名前ですが、これは本当の名前ではないでしょう。池久保の子供達からは名前っぽい名前で記録されていますが、池久保の長男は佐久田です。恐らく読み方はそのまま「さくた」でしょう。この名前の「さく」には「佐久」の漢字が充てられていますが、「さく」が使われているのは、もしかしたら「先久温」や「先久統」の名前の流れからかもしれません。

中城や池久保の本当の名前も、長男が「佐久田:さくた」だったので、「さく」がついた名前であった可能性もありますね。
そして池久保の二男であった「池城」が、先久統の養子となっています。先久統の姉か妹であった真美は、中城の妻となっています。
この時期、婚姻や養子など宗家と西世之主の家統は、色濃く繋がりがありますので、世之主亡き後も親族関係が200年余り続いていたのではないでしょうか。

もしかしたら「さく」繋がりがあったかもしれない名前。一族であったことを意味しているのかもしれません。西世之主との繋がりがもう少し見えてきたら、ご先祖さまにグッと近づける気がします。


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