くりぃーむソ~ダ

気まぐれな日記だよ。

肉片(ミンチ)な彼女(21)

2016-12-04 20:37:59 | 「肉片(ミンチ)な彼...
 叶方の両手には、鈍く光を反射させる剣が握られていた。両手でしっかりと持っていなければ、落としてしまいそうなほど重かった。切っ先は、膝をついて座る叶方の頭を越えていた。
 手にした剣をためつすがめつ見ながら、叶方がつぶやくように言った。

「カリンカ、これって――」

 マスコットはあお向けに横たわったまま、顔だけを叶方の方に向けていた。
「それは、魔法使いと互角に戦える剣さ。普通の剣と違って、攻撃を受ければ受けるほど強くなるんだ。折られても元どおりにくっつくし、刃が欠ければさらに鋭い刃が生えてくる。いつでも必要な時に取り出すことができるし、危機が迫れば自動的に身を守ってくれる。まさに無敵の剣だよ」

 クッククク……と、カリンカが笑った

 叶方は、手にした剣の柄をギュッと強く握った。剣から伝わってくる鋼鉄の硬さと、鋭い刃が持つ強さが、自分の中に無尽蔵の勇気を注いでくれるようだった。
「あっ――」と、叶方が声を洩らした。
 見ると、叶方が手にしていた剣が溶けるように透きとおり、細い輪郭を残して消えようとしていた。
「どうすればいい、消えちゃうよ」叶方は、心細い声で言った。
「クッククク……」と、カリンカが笑った。「いいんだよ。剣がおまえとひとつになった証拠さ。これで剣の力をいつでも使うことができるんだ」
 両刃の剣は、叶方の手の中で次第に細い輪郭を失っていき、煙のように消え去った。
 叶方は、両手の平をまじまじと見ていた。剣とひとつになったと言われたことが、信じられないといった表情を浮かべていた。
「いよいよだね」
 カリンカが、マスコットの体を横たえたまま言った。
「いよいよ、敵のアジトに乗りこんでいく準備ができた。覚悟はいいね」
 顔をあげた叶方が、強くうなずいた。

「――やつらめ」

 カリンカが、憎々しげにつぶやいた。
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肉片(ミンチ)な彼女(20)

2016-12-04 20:36:58 | 「肉片(ミンチ)な彼...
 カリンカが、小さな四角い左腕を持ち上げた。
 言われるがまま、叶方が急いでマスコットの腕をつまみ上げた。
「違うよ、そうじゃない」持ち上げられそうになったカリンカが、後ろに下がりながら言った。「引っ張るんだよ、腕がちぎれるまで」
 戸惑った叶方が力を緩めると、カリンカが言った。
「いいんだよ、この人形の腕を引きちぎるんだ」
「どうしてだよ、なんだか苦しそうじゃないか」と、叶方が困ったように言った。
「ここ一番って時に決められないで、京卦が助けられると思ってるのかい」と言ったカリンカは、ぜえぜえと荒い息をついていた。「苦しそうに見えるのは、私とこの人形が感覚をひとつにしているからだよ。この人形の腕がちぎれようが、首が取れようが、痛みは感じるけれども、本物の体が傷つくわけじゃない。だから心配なんかしなくていいんだ。思い切り引っ張りな」

 ブチン――

 と、腕が音を立てて付け根からちぎり取れた。マスコットは、腕がもげ落ちた勢いのまま、ぱたりと後ろに倒れた。
「大丈夫かい」と、心配になった叶方が言った。
 動かなくなったカリンカが、うつぶせになったたまま言った。
「やっと歩けるようになったと思ったけれど、これで精一杯だね」と、カリンカは小さく笑ったようだった。
「大丈夫なの、もう動けないの」と、叶方が聞いた。
「まだ終わっちゃいないよ。気を抜いちゃだめだ」と、カリンカが言った。「いいかい、離れた腕から、糸が垂れているだろ」
 叶方がのぞきこむと、見えないくらい細い糸が、わずかな明かりにきらりと青く反射した。
「あった」叶方がうなずくと、カリンカが言った。
「そのまま、糸を切らないように引っ張るんだ。この人形の体から、大切な物が出てくるはずだ」
 ちぎれた腕をつまんだまま、叶方は細い糸を巻き取っていった。いくらも引かないうち、重い感触がぎゅっと手に伝わってきた。ピンと張った細い糸は意外に強く、叶方が力をこめても、簡単に切れることはなかった。
「なにこれ、重たいぞ」
 立ち上がった叶方が、両足で踏ん張りながら糸を引くと、倒れたマスコットの腕の付け根から、銀色をした金属が顔をのぞかせた。うんと歯を食いしばっている叶方とは対照的に、軽いはずのマスコットは、あお向けに倒れた場所から少しも動いていなかった。
 ずるり、とマスコットの中から、不釣り合いなほど長い柄が現れた。
「カリンカ、これって――」と、膝をついて座った叶方が言った。
 両手で柄をつかんだ叶方が、慎重に引き抜いていった。
 小さなマスコットの中から、太い両刃の剣がするりと姿をあらわした。
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肉片(ミンチ)な彼女(19)

2016-12-04 20:35:51 | 「肉片(ミンチ)な彼...
「それにもう遅いんだよ。私があの子の体を探しているのは、とっくにばれているんだからね」と、カリンカが言った。「おまえにはわからないかもしれないけど、体がない私は、人の思念に潜りこんで情報を手に入れてる。簡単そうだけど、人が無意識にまとっている障壁を破って潜りこむのは、大変なことなんだ。相手には私が見えないから、近づくのは容易なんだけれども、思念の中に出入りしようとすると、障壁と魔力がぶつかり合って火花のように瞬くんだ。一瞬だけど、波紋のように広がる魔力の塵は、勘のするどい魔法使いなら、ほんのわずかでも感知できるのさ」
「思念に潜りこむって、相手の体に乗り移って、思い通りに動かすってこと――」と、叶方は聞いた。
「本来の私なら、相手の体を乗っ取ってしまえるんだけれど、そこまでの魔力はないし、体がないから魔術も使えないしね。相手の心や意識の中に潜りこんで、見聞きしているものや記憶しているものの中から、欲しい情報を探し出さなきゃならないんだ」
「情報を引き出す相手は、誰でもいいって訳じゃないんでしょ」と、叶方が確かめるように言った。
「選べるなら、それに越したことはないさ。だけど、どこにいるかわからない相手を探そうとすれば、とにかく多くの人の中に潜りこんでみるより、ほかに手はないね」と、カリンカが怒ったように言った。「そういう意味じゃ、おまえが通っている学校は最高さ。1箇所にまとまった人間がいるし、口先ばかりの大人と違って行動範囲が広いからね。はじめは、なにか手がかりになるきっかけだけでも見つかればいいって思っていたけれど、おかげでいろんな情報が手に入ったよ」
「真野の体がどこにあるか、わかったの」と、叶方が身を乗り出して聞いた。
「あわてなさんな」と、カリンカが言った。「だいたいの見当をつけたところさ。これから、あやしい場所を絞りこんでいくところだよ」
「やった」と、叶方が小さく拳を持ち上げた。

「――けどね」と、カリンカが言った。

「京卦の体のありかが絞りこめるっていうことは、ヤツらも私達の存在や居場所を特定できるってことなんだ」
「じゃあ」と、叶方は言った。「ここに、真野を追いかけていた魔法使いがやってくるってこと――」
「ああ」と、カリンカが静かに言った。「遅かれ早かれ、あいつらはやってくるよ」
 叶方は黙ったまま、聞き耳を立てるように辺りをうかがった。
「そこで、あんたの出番さ」
 ふらふらと、マスコットが立ち上がった。
「――えっ」と、叶方は驚いてマスコットを見た。
「今はこれが限界だけれどね」
 カリンカは言うと、軽い人形には似つかわしくない重々しい足取りで、座っている叶方の足もとまで進んできた。
「さあ、この腕を引っ張るんだ」
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肉片(ミンチ)な彼女(18)

2016-12-04 20:34:54 | 「肉片(ミンチ)な彼...
 家に戻ってから、カリンカはひと言も話さなくなっていた。息を詰まらせたのかと心配になった叶方が、ポケットからあわててマスコットを取り出した。「おい、カリンカ、おい……」と、小声で話しかけながら、マスコットをテーブルの上に置き、様子をうかがった。揺すっても、つついても、だらりとしているばかりで、反応はなかった。初めてのことで不安になったが、よく考えてみれば、人形が息をするはずもなかった。
 次の日、叶方は寝不足の目をこすりつつ、鞄にマスコットをぶら下げて学校に行った。京卦がいつも鞄にぶら下げていたマスコットは、叶方が京卦に会ったことを証明する証拠になった。
「なにかあったら、また時矢に頼むな」と、担任がうれしそうに言った。
 叶方は、「わかりました」とだけ言って、席に着いた。
 京卦の身に起こったことをなにも知らない担任は、あいかわらず学校に来ない京卦の事を心配していた。急に動かなくなったカリンカも、まるで動き出す気配がなかった。時間ばかりが過ぎていき、夏休みも目前に迫っていた。担任は何度か、京卦の自宅に足を運んだらしかった。叶方も、くわしい家の住所を聞かれたことがあった。入り組んでいてわかりずらいからと、自分なりの絵地図を書いて説明したが、京卦の家庭訪問に向かった次の日、担任はがっくりと肩を落としていた。
「どうしてもたどり着けないんだよ」
 担任が、学級委員の女子にため息交じりで話す言葉を聞いても、それは魔法がかけられているからだと、叶方は言い出すことができなかった。
 ある日の夜、家中が寝静まると、それまで息を潜めていたカリンカが不意に目を覚まし、一変して活動的になった。
「今までどうしてたんだよ。急に黙りこくったまま何日も動かないから、息が止まったのかもって、心配したじゃないか」
「魔法使いが、そんな簡単に命を落とすわけないじゃないか」と、カリンカが怒ったように言った。
「いいかい、私が黙っていたのは、弱くなった魔力を元に戻すためと、ちりぢりになった体のありかを探るためさ」と、カリンカが言った。「――この意味、わかるだろ」
 きょとんとした叶方は、わずかに首を傾げた。
「ちぇっ」と、カリンカが舌打ちをした。
「あの子の体がある場所には、間違いなくヤツラがいる。体を取り返すには、こちらが望もうが望むまいが、戦いは避けられないってことさ」
「透明になって忍びこむとか、留守を狙って奪い返すとか、ほかに方法はないのかい」と、叶方が言った。
「――ちょっと、どうしちゃったんだよ」カリンカが驚いたように言った。「あの子を助けたいって言ったあの時の勇ましさは、どこに行ったのさ。勇気を奮い立たせる気持ちが、すべての力の源だよ。怖さが邪魔するのは仕方がない。だけど負けちゃだめなんだ。私達は協力して、あの子を助けなきゃならないんだから」
 叶方は、唇を噛みながらうなずいた。
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肉片(ミンチ)な彼女(17)

2016-12-04 20:33:59 | 「肉片(ミンチ)な彼...
「生きてんだよ、京卦は。見てのとおり、体はバラバラになっちゃいるが、それは見た目だけさ。それが証拠に、血は一滴も流れちゃいないし、どこかにある心臓だって、強く脈を打ち続けているはずさ。もちろん、魂だってしっかり体に繋がっているよ。だから、どんだけ体がバラバラに分かれていようと、つなぎ合わせれば、またもとの京卦に戻れるのさ。まだ、天に召されたわけじゃないんだよ」
「じゃあ、この壁の血は?」と、叶方は部屋中の壁に飛び散った血の跡を見渡した。
「体がバラバラになった拍子に吹き出した血さ。命を失うほどじゃない」と、カリンカがため息をつくように言った。

 叶方は、肌があらわになった京卦の足を、そっと触った。

「あったかい」

「だろう」と、カリンカが得意げに言った。
「――もう一度聞くよ。おまえ、この子をどうしたい」
「……」
 顔を上げた叶方の目には、すでに決意の色があふれていた。

「彼女を、助けたい」

 カリンカが奇声を上げた。グッと歯を食いしばっていた叶方に比べ、あまりにも温度が違う反応だった。キャハハハ……と叫ぶように笑うマスコットの顔は、しかし縫いつけられた笑顔以上の表情を、浮かべてはいなかった。
 なぜか、京卦を助ける計画をカリンカがすぐに話し始めた。叶方が京卦を助ける手伝いをすると、とっくに計算づくだったかのようだった。同意の返事を求める以外、カリンカが叶方に確かめることはなかった。
「――うん、うん。わかった」
 叶方が口にした言葉は、わずかだった。しかしカリンカが描く計画は、そんな叶方を気にすることなく、着々と練られていった。実際、京卦を助ける決意を伝えてから、叶方はカリンカの話をほとんど聞いていなかった。バラバラになった京卦の体を傍らに感じながら、様々な考えが脳裏をよぎり、叶方の胸に重圧となってのしかかっていた。
 上機嫌で、なかなか話が止まらないカリンカをポケットに入れると、叶方は家に帰った。
 時刻は深夜になっていた。心配した母親が、部屋の照明をつけたまま、冷えた食事が揃えられているテーブルに突っ伏していた。
「あら、遅かったのね」目をしょぼつかせた母親が、叶方に気がついて言った。「お腹すいてないの」
「ごめん、もう寝るよ」
「まったく――」母親はあきれたように言うと、心持ち足もとをふらつかせながら、自分の寝室に歩いていった。
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肉片(ミンチ)な彼女(16)

2016-12-04 20:33:11 | 「肉片(ミンチ)な彼...
「恐ろしい話しさ」と、カリンカが静かに言った。「扉が開いたのは追っ手に捕まえられる寸前だったから、京卦を追いかけてきた改革主義者達も一緒に扉の中に吸いこまれた。時間がない中でも、京卦が必死に扉に話してくれたおかげか、機転を利かせたように扉はすぐに閉まったけれど、間に合わなかった。この世界には無事にやって来れたけど、私は体を失っていたし、追っ手も何人か一緒にこの世界にやって来たはずさ。これまで学生に姿を変えて隠れていたけれど、とうとう連中に見つかって、襲われてしまった。あんたが来なければ、このまま二人とも見つけられずに倒れたままだったよ」
「じゃあやっぱり、そこに倒れているのは――」
「京卦だよ」と、カリンカが静かに言った。「連中は扉を狙っていた。元の世界に戻るために必要だからね。京卦は決して扉のありかを言わなかったよ。マスコットの体を借りている私には、どうすることもできなかった。自白魔法をかけて、連中は情報を聞き出そうとした。京卦は、自分を犠牲にして私を守ってくれたんだ。自分の体をバラバラに砕け散らせて、情報が聞き出されることを防いだんだ」
「……」叶方は無言のまま、床に開いた穴の底に降りていった。上半身のない京卦の体は、まだ生きているかのように生々しかった。触れれば、しっかりと体温が感じられそうなほど、やわらかな肌色をしていた。

「――どうするんだい」

 カリンカが、京卦の体を見下ろしている叶方に言った。
 手に持っていたマスコットを見た叶方が、眉をひそめた。
「どうって?」
「やつらは、まだあきらめちゃいない。もう、動き出しているんだよ」
 叶方はカリンカの言葉の意味がわからず、おどおどと目を泳がせた。
「ここまで来たくせに、はっきりしなよ」と、カリンカが声を荒げた。「知ってるよ、京卦のことが好きなんだろ」
「……」と、叶方は口ごもったまま、なにも答えなかった。
「京卦を助けるのか、助けないのか、あの子のことが好きなら、さっさと腹を決めなよ」
「もちろん、助けたいよ」と、叶方が言った。「でも、オレじゃどうすることもできない。魔法使いじゃなきゃ、こんな姿になった真野を、元どおりにできるわけがない」
「――誰が、あんたに魔法を使えなんて言ったんだい」と、カリンカが言った。「魔法は私達の領分さ。体を失っているとはいえ、魔力さえ元に戻れば、バラバラになった京卦の体をくっつけあわせるぐらい、わけないよ」
「くっつける……」と、叶方は首をかしげた。
「いいかい――」と、カリンカが言った。「京卦は生きているんだ」
 かたずを飲んで聞いていた叶方は、信じられないと首を振った。
「ちょっと待って、こんな人間がいるかよ」
「――ちっ」と、カリンカがつまらなさそうに舌打ちをした。
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肉片(ミンチ)な彼女(15)

2016-12-04 20:31:55 | 「肉片(ミンチ)な彼...
「その扉を使ったんでしょ、この世界に来るために」
「もうわかっただろ、そのとおりさ。扉は、険しい山中にある学校から避難する途中の村にあった。生徒達は京卦達を残してそれぞれバラバラに逃げていった。捕まらないようにするためと、扉のありかを隠す意味もあった。けど、改革主義のグループが村にやってきた時、村にいた内通者が京卦のいることを知らせたんだ。ありがちな話さ――」
 と、カリンカがくつくつと笑ったようだった。
「いいかい、まさか捕まるとは思っていなかったんだ。京卦に村に残れと命じた先生達も、万が一の時は扉を使えばいい、と考えていた。けど、無責任な話しさ、扉のことは知っていても、どんな扉かなんて、誰一人見たこともなかったんだから」
「捕まったんだ――」と、叶方が顔をしかめた。「それにしても、扉を使おうと考えていて、扉のことを知らないだなんて、ずいぶんひどい先生じゃないか」
「ああ」と、カリンカが言った。「追い詰められた京卦は、計画どおり扉を使おうとした。けど、頼みにしていた扉は、どうしたわけか開かなかった。もしかすると、長い間使われなかったせいで、魔力を失ってしまったのかもしれない。その場にいた誰もが、そう思ったよ。扉を追いかけてきた連中でさえ、扉のことをよく知らなかったんだから」
「でも、扉は開いたんだ。でなきゃ、真野がこっちの世界に来られるわけがないから」
「そうだよ。私がここにいるのが、その証拠さ。ただ、間一髪だったんだ。命を持つ扉ってだけならともなく、気まぐれでまったく当てにならないだなんて、使うまでわからなかったんだから」
「性格が悪いとか、そういうこと?」と、叶方は考えるように言った。
「まぁ、そんなとこさ」と、カリンカが言った。「扉を見つけた京卦は、追っ手が来る前に村を離れようとしたけれど、思ったより早く見つかってしまったから、やむを得ず村に足止めを食らった。村人の中に京卦達を裏切った者がいたから、外に逃げ出すこともできなかった。扉を利用して逃げるのが唯一の手段だったんだけれど、気まぐれな扉は開かなかった。命を持っていて、人の言葉もわかるはずだから、あわてながらもいろいろ試してみたんだ」
 と、叶方がうなずいた。
「知っている限りの命令呪文も唱えたし、行き先を告げて力まかせに窓を開けようともした。どうしても逃げなければならないんだって、ゾオンが置かれている状況を説明したりもした。考えればおかしな光景さ。木でできた扉に向かって、必死で説得してるんだから」
 叶方の目は、穴の底に横たわる下半身をとらえていた。
「――どうやったのか、嘘のように扉が開いたんだ。隠れていた部屋が見つかって、追っ手がなだれこんで来る寸前さ。ひとりでに開いた扉の向こうには、ぽっかりと暗闇が広がっていた。京卦が抱えられるくらいの大きさしかない扉だったけど、体が吸い込まれると感じたとたん、まぶしい光に気を失って、目が覚めるとこの世界にやってきていた」
 カリンカに目を戻した叶方が、あわてたようにうなずいた。
「――扉は、どうなったの」
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肉片(ミンチ)な彼女(14)

2016-12-04 20:31:05 | 「肉片(ミンチ)な彼...
「道具が、生きているってこと」と、叶方が言った。マスコットのカリンカが、風に吹かれたように前後に揺れた。
「まぁ、生きているって言っても、大半の物は人の言うことをよく聞いていたから、問題はなかった。ただひとつ、扉を除いてはね――」
「生きている、扉?」
「この世界じゃ変に聞こえるかもしれない。けど、私達の世界じゃ違和感のあることでもないんだよ。生活の中に魔法があるんだから、本来命のない物に命が宿っていても、驚きはしない。ただそれが、強力な魔力を持った物ならば、話は別さ。誰がその力を手に入れるか、遅かれ早かれ、争いが起こる」
「でも、学校の中に保管してあったなら、すべて処分できたんじゃないの」
「伝説や言い伝えが残っているいわくつきの物は、簡単には処分できなかった。命を持っているんだもの、壊されそうになれば、逃げ出そうとするさ。いつ頃かはわからないけれど、盗難や悪用を恐れた学校は、倉庫にしまってあった何点かを、密かに学校の外へ持ち出して隠したんだ。万が一盗難にあっても、学校に無ければ盗み出せないし、隠し場所がわからなければ、悪用もできないからね。扉も、そんな道具のひとつだった」
「扉が、そんなに貴重な物とは思えないけど」と、叶方は首をかしげた。
「私だって見たことがなかった。目にした時は、それこそあんたと同じ感想だったよ。一見すると、肩がゆるくカーブしているただの窓枠だったんだから。扉っていうけど、向こうを見通すガラスがはめられてるわけじゃなく、木の板を何枚も横にはめ込んであるものさ。左右に開けられるように取っ手はついていたけど、人が通れるような大きさじゃなかった。両手で抱えられるくらいしかなかったんだ。強力な魔力を秘めていると聞いてはいたけど、命の危険をおかしてまで守る必要があるとは、思えなかった」
「真野は、どうなったの」
「……」と、カリンカは思い出したように言った。「どんな場所へも行ける扉だった。国内はおろか、空の彼方へだっていける、という言い伝えもあった」
「そんな扉で、なにをしようとしてたんだろう」と、叶方が首をかしげた。
「改革主義のグループは、勢いづいていたからね。秘密にされていた魔法書も手に入れて、破壊力のある魔法も次々に身につけていたから、国の外までも、自分達の力で統一しようとたくらんだんだ。そのためには、どこへでも行ける扉が必要だった」
「そんな扉がなくたって、魔法が使えるなら空も飛べたんじゃないの――」と、叶方は疑うような目で、マスコットのカリンカを見た。
「そのとおりだよ」と、カリンカが言った。「国の外にまで自分達が信じる主義や思想を広めようだなんて、そんなばかげた計画があるとは知らなかった。空を飛ぶだけじゃ行けない、遠く彼方の異世界にまで出て行こうだなんて、とても本気で考えているとは思えなかった」
「異世界にも行ける扉だったんだ、それ」
 口を半開きにした叶方の顔が滑稽だったのか、カリンカが大きな声で笑った。
「おかしな顔になるのも、もっともさ。命がけで魔法をかけても成功するのが難しい移動を、やすやすと実現させてしまう扉なんだから。学校はいち早くその危険を知って、京卦に扉の確保を命じたんだ」
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肉片(ミンチ)な彼女(13)

2016-12-04 20:30:04 | 「肉片(ミンチ)な彼...
「戦争をしてたみたいだけど、学校は休校にならなかったの」と、叶方が聞いた。
「学生は多くの社会人と違って、世の中の風潮や刺激的な思想に流されないで、日々勉強しているからね。むしろ戦争を終わらせるにはどうすればいいか、偏った考えにとらわれることなく、先生達と一緒に考えていたのさ。だからなんだよ、生徒達が狙われたのは……」と、カリンカは思い出すように言った。
「生徒達は関係ないじゃないか。むしろ早く安全なところに逃げなきゃ」
「争いが激しくなると、学校だって標的になるのさ。特に先生達は、魔法の知識も豊富だし、力も人より優れているからね。味方になるなら頼もしい戦力になるけど、敵になられちゃ大変だから、命を狙われはじめたんだ。生徒達の中にも、将来優秀な魔法使いになる才能を持った者が大勢いるから、味方にならなければ命を取ってしまおうっていう連中が、先を競って学校に押し寄せた」
「――それで、真野は逃げたんだ。じゃなきゃ、ここに来るわけがない」
「ああ」と、カリンカがつまらなさそうに言った。「学校は、もともと堅牢な城だったんだ。そこで、最初は学校に立てこもって抵抗していたんだけれど、生徒達の中にリル・ゾオンの思想に共感する者がでてきて、一枚岩だった学校が次第に崩れはじめた。何人かの生徒の親が、自分達の仲間になるように、子供をそそのかしたのがきっかけだったかもしれない。学校も外の状況と同じように、二つの思想を持った者に分かれてしまった」
「カリンカ達はどっちだい――」と、叶方は聞いた。目は、穴の底に横たわった足を向いていた。「真野を襲ったのは、どんな連中なんだ」
「あん?」と、カリンカが言った。「ああ、京卦達は伝統を守ろうとしたグループにいた。改革主義のグループは、禁じられた魔法書を手に入れて攻勢をかけていたから、追いこまれるのは時間の問題だった。いいや、逃げたくても逃げられなかったんだよ。学校の先生連中も、ひどい指示を出したもんさ」
「先生達が、なにを?」
「――ふふん」と、叶方の表情がおかしかったのか、カリンカが鼻で笑うように言った。「今から考えると、どうしてそんなことにこだわったのか、気がしれないよ。学校が狙われた理由が、もうひとつあったのさ。伝統のある学校だったからね、いろいろな魔法の道具を持っていたんだ。自然に集まった物もあるし、生徒が発明した物、過去の先生が作った物もあった。それこそ、博物館並みにね。ただ古いだけの遺物ではなく、どれも魔法がかけられているから、すべて実際に使うことができたんだ」
 と、叶方はうなずいた。
「学校の中は武器庫も同然だったのさ。リル・ゾオンの連中は、先生や生徒達を兵士として仲間に加えるほかに、より強力な武器を手に入れようと躍起になっていた。先生達はすぐに気がついたから、保管庫にしまってあった魔法の道具は、人の手に渡る前にほとんど燃やしてしまった。中には国宝になるくらい貴重な物もあったようだけど、なにしろ歴史のある学校だからね、量だけでも膨大で、いちいち見定めてから処分する時間はなかったんだ」
「真野は、どんな指示を受けたの」
「学校の中に保管してあった道具なら、処分するのは容易だった。ただ学校が持っている道具の中には、命を持っている道具もあったんだよ」
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肉片(ミンチ)な彼女(12)

2016-12-04 20:29:00 | 「肉片(ミンチ)な彼...
「私の名前は、カリンカ」と、マスコットはくるりと正面を向いた。「カリンカ・ドゥエル」
「それが、本当の名前なのか」叶方が言うと、マスコットがうなずくようにくるくると回った。
「こことは違う場所に、ゾオンという場所があるの」と、カリンカが言った。「住んでいる人の姿も、持っている文化も、話している言葉も似ているけれど、違うところは魔法が使えること」
「それを、信じろっていうんだろ」と、叶方がため息まじりに言った。カリンカは、無表情なマスコットのままだった。
「どうしてこちらの世界に来たのか、なんて私にもわからない。今になって思うけど、間違いだったかもしれない――でも、とっさのことで、選んでいる余裕なんかなかったっていうのが、真実」
「じゃあ、この町に来たのも偶然――ていうか成り行き」叶方があきれたように言った。
「大ざっぱに言うと、そのとおり。ただ時間がなかったとはいえ、最低限の条件は考慮したわ。さっきも言ったけど、自分達の姿も、文化も、言葉も似ているところに来たんだから」
 叶方はうなずいた。「――それで」
「ゾオンは、争いのただ中にある」と、カリンカが言った。「こちらの世界の戦争と同じ。ただ違うのは、人を傷つけるために使われるのが銃弾じゃなく、魔法が使われること」
「信じられないよ」と、叶方はつぶやいた。
「――ゾオンは、真っ二つに分かれていた。伝統的な生き方を守ろうとする人達と、より強力な魔法を持った者がリーダーとなって、みんなの先頭に立つことを望む人達。伝統的な生き方に疑問を持った人達は、自分達のことを“リル・ゾオン”真のゾオンと呼んだ」
「真野と、カリンカだっけ」と、叶方が考えながら言った。「二人はなんなの、魔法が使えるってのは別にして、兵隊かなにかなのかい。真野が命がけで戦っていたなんて、想像できないよ」
「あの子は、私が卒業した魔法学校の生徒だった。この世界で言えば、あなたよりひとつ年上で、たぶん学年は一緒ね。魔法学校とは言っても、こちら側の学校と同じで、別に魔法だけを勉強してるわけじゃない。教科の中に魔法の授業が入っているだけ。誰もが魔法を使っている世界なんだから、おかしな事なんてないのよ――」
「ちょっと待って」と、叶方がカリンカの話をさえぎった。
「カリンカって、妖精でしょ。魔法学校を卒業したって、どういうこと」
 カリンカは、すぐには答えなかった。
「――なんだい、妖精が学校で勉強しちゃいけないのかい」と、マスコットの姿をしたカリンカが、声を荒げた。
 ぎくり、とした叶方は、あわてて首を振った。
「学生達にとって、卒業後の進路を決めるのは大切なことさ。これまでどおりの生活を守り続けるのか、新しい価値観で時代を切り開くのか。学校の中でも意見が分かれ、意見が違う者同士は対立していた。そのまま、学校内だけの対立ならよかったんだ。先生達は校長を筆頭に、どちらの考えにもとらわれない、中立の立場で指導していたんだから」
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