くりぃーむソ~ダ

気まぐれな日記だよ。

肉片(ミンチ)な彼女(55)

2016-12-08 20:15:02 | 「肉片(ミンチ)な彼...
「ケッ――」と、カリンカは吐き捨てるように言った。「好きにするがいい」
「私達が話していた事は、正しくはないだろうが、間違ってはいないよね」と、キキウが言った。
「さあ、そんな古い事は忘れてしまったよ」カリンカは、とぼけるように言った。「自分の体がどこにあるかもわからなかったなんて、とんだ失敗をしたもんだよ」
「おまえが本当の事を話してくれれば、腕は返すよ」と、キキウが腕を持ちながら言った。「でなければ、モリルを蘇らせるために使わせてもらう」
「信じちゃいけないよ」と、カリンカは叶方に言った。「こいつらは嘘つきだ。生きている扉を探し出すために、京卦をもう一度地獄に落とそうとしている」
「仲間達をどこにやったんだ」キキウがカリンカに顔を近づけた。「命まで取っていないのはわかっているんだ。彼らをどこにやった……」
「さあね。言うわけがないだろう――」と、カリンカが言葉を飲んだ。包丁を持ったサユラが、テーブルの上に置かれたカリンカの右腕を見下ろしていた。

「――おまえ、なにをしてるんだ」

「おまえが真実を話さないなら、やむを得ないよ」と、キキウが首を振った。「誰も傷つけたくはないが、仕方がない」
 サユラは、振り返ったキキウの顔を見ると、意を決したようにうなずいた。
「仕方がないのよ。あなたが素直になれないなら」

「やめろ!」

 カリンカが叫ぶのと、青騎士の剣が二人を薙ぎ払い、ひと太刀で胴を断ち切ったのとは、ほとんど同時だった。
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肉片(ミンチ)な彼女(54)

2016-12-08 20:14:15 | 「肉片(ミンチ)な彼...
 叶方は「そうさ」と、うなずいた。「あんた達と同じ夫婦に、京卦の家で襲われた。もう二度と待ち伏せされないように、カリンカが結界を張ったんだ」
「おかげで仕事がはかどったよ」と、キキウが言った。「その間に君の家にお邪魔して、いろいろ準備をさせてもらったからね」

「――言いたい事は、それだけか」

 叶方は、歯を食いしばるように言った。
「これは京卦の腕じゃない」と、サユラが言った。「私達を追ってこの世界に来た、魔女の右腕よ」
「……」叶方は、キキウから顔をそむけないように、テーブルの上に置かれた腕を見た。「でも、どうして」
「さっきも言ったでしょう。これがその証拠よ」サユラは、カリンカの腕をつかみ上げると、叶方の目の前に突きつけた。
「京卦の足を最後まで離さなかったせいで、扉に食われてしまったんだな……」と、キキウが言った。
「それは違う」と、叶方が首を振った。「カリンカは、魔女なんかじゃない。京卦についてきた妖精のはずだ」
「マスコットの体を借りているその魔女は、妖精なんかじゃない」と、キキウが言った。「私達を追いかけてきた革命主義者の仲間だ。最後まで京卦に執着して、扉が閉まってもなお、京卦の足を離そうとしなかった。これは、その時に落ちた腕だよ」
「扉に食われたみたいだ……」と、叶方が言った。
「魔女も、この腕の存在には気がつかなかったようね」と、サユラが言った。「この腕を見つけた事で、私達を追って来た魔女の情報が手に入ったわ」
「――カリンカはどこへ行ったんだ」と、叶方は剣を両手に構えた。
「まだ信用できないらしい」キキウがあきらめたように言った。「無理もない。互いの立場でいろいろな事を吹きこまれても、理解しようとする方が難しいからね」
「それじゃ……」二人は目で合図をかわすと、サユラが台所に入り、戸棚の奥から、お盆に載せられた物を運んできた。
 ホコリがつくのを防ぐためだろうか、お盆の上に置かれた物には、すっぽりと布がかけられていた。
「――カリンカだよ」と、キキウが布を剥いで言った。

「乱暴にするんじゃないよ、マスコットの体が壊れるじゃないか」

 カリンカが、まぶしさに顔をゆがめながら言った。カリンカは、割りばしで作られた十字架にくくりつけられていた。叶方は剣を構えたまま、あお向けに寝かされたカリンカに目を向けていた。
「ちょうどいい。この子にも一緒に聞いていてもらおう」と、キキウがカリンカを見ながら言った。
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肉片(ミンチ)な彼女(53)

2016-12-08 20:13:23 | 「肉片(ミンチ)な彼...
「悪いが、京卦がこうなってしまった以上、くわしい事はわからない」と、キキウが言った。「ただ、京卦を蘇らせれば、真実がなにかわかるはずだ」
「――それはどうかな」と、叶方が言った。「似たような話を、カリンカからも聞いてるよ。京卦が蘇ったとたん、あんた達はまた、京卦の命を奪うかもしれない。だまされるもんか。さっさと親を戻して、姿を消してくれ。でなければここで、決着をつけてやる」
 叶方の体にぼんやりと浮かびあがっていた鎧が、ぐんと濃い青色に染まった。
「ずいぶんと脅迫的だな」と、キキウが言った。「私達の仲間が四人姿を消した。力じゃ勝てっこないのはわかってるんだ。だからこうして、話し合いに来た。君の両親には悪いが、いきなり素顔を見せても、話を聞いてくれないと思ったからなんだ」
「敵かもしれないあんた達の話なんか、聞きたくもない」と、叶方が立ち上がった。「京卦が生き返れば、はっきりする事なんだ。もしもその話が正しいのなら、今の話を信じる事にするよ。それまでは、決してあんた達の事は信じないし、話も聞きたくない」
「それじゃ遅いと思う」サユラが、席を離れようとした叶方を手で止めた。「私達もそうしたいけれど、あの魔女が放っておいてはくれない。隠れている私達を見つけて、残った京卦の体を奪おうとするはず。そうなれば、私達は無事ではすまない。だから、黙って見守っているわけにはいかないのよ」
「京卦の体を持っているんなら、渡してほしい」と、叶方が手を伸ばした。「京卦の体さえ集められれば、これ以上争う必要なんてなくなるんだから」
 キキウは、黙って首を振った。それを見ていたサユラも、小さくうなずいた。
「魔女がなにをたくらんでいるかわからない以上、京卦の体を渡すわけにはいかない」と、キキウが言った。
「だったら、戦うしかないって事だよね――」唇を引き結んだ叶方が、二人の顔を交互に見た。実体化した青い鎧が、みるみるうちに叶方の体を覆っていった。その右手には、冷たく光る両刃の剣が握られていた。
「待って」と、剣を持ち上げようとした叶方を、サユラが引き止めた。「これを見て」
 サユラは、「ちょっと待ってて」と言いつつ台所に向かい、紙袋を持ってすぐに戻ってきた。
 どん、とテーブルの上に置かれたのは、綺麗な布に巻かれた腕だった。
 叶方は、布の先から覗く指を見て、ぎょっと後ずさった。
 サユラは、顔をしかめた叶方を気にすることなく、巻かれた布を取っていった。
 くの字に曲がった腕は細く、すらりと伸びた指先は、やさしそうな柔らかさを持っていた。一見すると、女性の腕のようだった。京卦の体と同じく、断たれた箇所は赤く、しかし血は落ちていなかった。見えない血管でつながった腕には、どこかにある心臓に勢いをつけられた血が、止まることなく流れ続けていた。この腕は、生きているに違いなかった。
「京卦の、右腕……」の、はずはなかった。京卦の腕は左右とも、叶方達が取り戻していた。
「まさか、盗んできた訳じゃないよな」叶方が、声に力をこめた。
「京卦が住むマンションに、バラバラに散らばった体を集めているのは知っている。けれど私達は、玄関から先に入る事はできない」
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肉片(ミンチ)な彼女(52)

2016-12-08 20:12:47 | 「肉片(ミンチ)な彼...
「はじめから、この席を用意すればよかったらしい」と、キキウが言った。「こんな顔をしたままで悪いが、私達は君の敵じゃない」
「誰かにも同じ事を言われたよ」と、叶方は強い口調で言った。「京卦の体は、誰にも渡さない」
 二人は、ため息をつくような顔で叶方を見た。
「なにを耳打ちされたかは知らないが、私達は京卦の体を奪おうとしているんじゃない。集めようとしているんだ」と、キキウが言った。
「それは京卦を助けるためじゃなく、自分達が助かるためなんだろ」
 叶方が言うと、二人とも小さく首を振った。
「モリルは私達の仲間よ」と、サユラが言った。「助けようとしているに決まっているじゃない。あの子がどうしてあんな姿になったのか、本当の理由は知ってるの?」
「理由って――あんたらの仲間達がやったんだろ。京卦は仲間達を助けるために、捕まるのを恐れたんだ」
「彼女が助けようとしていたのが、私達なのよ」サユラが言うと、キキウは大きくうなずいた。
「体を失った魔女がなにを吹きこんだかは知らないが、京卦が助けようとしていたのは、私達の方なんだ」

「――誰が信じるかよ」

 叶方が言うと、手足に青い鎧が浮かびあがってきた。
「落ち着いて……」と、サユラがやさしく言った。「話をさせて」
 叶方が大きく息をするのを見ると、キキウが話を続けた。
「扉の事は聞いているかい。魔法の扉で、異世界にも行ける生きた扉の事だよ」と、叶方は小さくうなずいた。
「追っ手に捕まりそうになった私達は、最後の望みをかけて扉を開けた。けど、最後に扉をくぐった京卦を、無理に引っ張り戻そうとした魔女がいた。京卦はなんとか振り払って、われわれとこの世界にやってきたけれど、どうやらその魔女もこの世界に来ていたらしいんだ」
「いたらしいって、なんだよ」
「仲間達は互いの無事を確認しつつ、それぞれ身を隠す事にした」と、サユラが言った。「モリルと話をしたのは、それが最後になってしまった。隠れ家に落ち着いたという話は、リーダーから情報を得ていたけれど、それ以来ぱったりと消息を絶ってしまった。体がバラバラになってあちこちに散らばっていたのを見つけたのは、こちらの世界に来た仲間が集まって、探し回っていた時よ。あの体を見たなら、あなたにもわかったはず――」
「わかるって?」と、叶方は首を傾げた。
「あの子はまだ生きている」サユラが言うと、キキウがうなずいた。「あれは、モリルが危機を感じて、自分自身にかけた魔法よ。この世界の人間じゃないのは間違いないわ。自分自身を破壊しなければならない危機なんて、ゾーンの追っ手に追い詰められた以外、考えられない。だけど、モリルが時間を稼いでくれたおかげで、私達は追っ手に警戒する事ができたし、後はモリルを蘇らせる事さえできれば……」
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肉片(ミンチ)な彼女(51)

2016-12-08 20:11:48 | 「肉片(ミンチ)な彼...
「おいおい、時計の場所ぐらいわかるだろ」
「――知りたいのは、本当の時間だよ」
 両親の動きが止まった。
「あんた達、誰なんだよ」叶方は言った。「そっくりに化けてはいるけれど、別人さ」
「なに言ってるの?」と、母親が台所から出てきた。「親に向かって、自分がなにを言ってるのかわかってるんでしょうね。起きたばかりだって、言っていい事くらいわかるでしょう」
 父親は新聞をテーブルの上に置き、腕組みをして叶方に厳しい目を向けていた。
「ふざけているのは、おまえ達の方だろ」と、叶方は勇気を出して言った。「いつもの父親は、そんなに強そうじゃない。母親はぶきっちょで、夕飯時はいつもバタバタしている」
「寝過ぎたせいで、まだ夢でも見てるんじゃないのか」と、父親があきれたように言った。「おまえが心配する事はない。なにも変わっちゃいないよ。心配しないで、椅子に座って夕飯を待っていなさい」
「声は同じだし、仕草も父親と似ているけれど、あんたは別人だ」叶方は父親を指さしながら言った。「――正体を見せろよ」
 叶方の両親は、困った顔を見合わせた。
「母さん達が別人だなんて、どうしてそんなに自信があるの? なにか困った事があるんなら、相談してちょうだい。父さんも母さんも、あなたの味方なんだから」
「こっちに来んな」叶方は手を伸ばして、近づいてこようとした母親を止めた。
「もしも勘違いで、あんた達が本当の両親だったなら、ちゃんと謝るし、罰も受けるよ。自信なんてないけれど、ここにいるあんた達は、そうあってほしいっていう型どおりの両親なんだ。父親も母親も、二人みたいにちゃんとしちゃいない。いつも弱い部分ばっかり見せてる。そんなところが嫌いで、むしゃくしゃすると、つい口答えしたくなるんだ。だけど今日に限って、そんな気が起こらない。誰かが嘘で作ったせいだ」
「困ったもんだな。扱いづらいぞ、こいつは」と、父親が席を立ち、食卓テーブルの席に着いた。「こっちに来なさい――いや、こっちに来て話をしよう」
 ため息をついた母親も、エプロンのくせを直しつつ、父親の隣の席に座った。
 叶方は、二人が食卓テーブルの椅子に座るのを見ると、疑いを抱きつつ、自分も向かい側の席に向かった。
「最初から、こうしていた方がよかったか」と、父親が母親の顔を見ながら言った。
「脅かせちゃいけないって、あなたが提案したんですよ」
 うなずいた父親が、叶方の方を見ながら言った。
「いいだろう。私達は、君の両親じゃない」
 叶方は、キッと鋭い目をして言った。
「――無事なんだろうな」
「ああ」と、父親がうなずいた。「私はキキウ、こっちはサユラ。夫婦だ」
「君に話したい事があるんだ」と、父親に化けていたキキウが言った。「モリルの事だ」
「真野京卦のことだろ、それ」と、叶方が言った。
「そうだったわね。あの子、こっちではその名前で生活していたんだった」と、ほっとしたようにサユラが言った。
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肉片(ミンチ)な彼女(50)

2016-12-08 20:10:39 | 「肉片(ミンチ)な彼...

「――おはよう」

 と、着替えた叶方が居間に顔を出した。まだカーテンを閉めていない部屋は、夕日の赤い色に柔らかく染められていた。
「もうそろそろ晩飯かい」と、叶方は食卓テーブルに座りながら、台所に立っている母親に言った。
 背中を向けたまま手を動かしている母親が、「あら、もうそんな時間ね」と、手元を見たまま言った。
「父さん、今日は早かったんだね」と、叶方が長椅子に体を向けながら言った。「仕事はもう終わったの」
「ああ……」新聞を両手に広げた父親が、つぶやくように言った。
「そうなんだ」叶方は不思議な顔をしながらも、番組を放送しているテレビに向き直った。
 夕方のニュース番組が、1日の出来事を放送していた。台所から聞こえる小気味のいい音が、腹の虫をいたずらに刺激するほど、空腹を感じさせた。
 叶方は、はたと動きを止めた。笑顔を浮かべたまま、まばたきもせず、じっとテレビを見ていた。
 なにかが、違っていた。
 めずらしく父親が早く帰ってきたこと以外、いつもとなにも変わらないはずだった。夕食前の、あたりまえに見慣れた光景が、この場所にはあった。
 だが、間違いがあるはずもないこの場所に、なぜか鼓動を早く打たせる息苦しさがあった。
 外国の紛争の映像が、テレビ画面に映っていた。叶方は、はっとして気がついた。
 緊張しているのだった。
 はじめて、友達の家に遊びに行ったときに似ていた。会ったことのない友達の両親は、やさしく笑ってくれつつも、どこか監視をするような目で、疑うように叶方のことを見ていた。友達と遊ぶのは楽しかったが、チャンスがあれば早く外に出て行きたい、そんな居心地の悪さも、同時に感じていた。

 カリンカは、どこへ行ったのか――。

 叶方はそっと席を立ち、扉の前に来て振り返った。台所にいる母親も、椅子に座っている父親も、目で捉える事ができた。
「鞄につけてたマスコット、落ちてなかった?」
 二人は耳をそばだてたが、すぐに答えようとはしなかった。叶方が交互に二人の顔をうかがうと、母親があわてたように言った。
「落ちてなんかなかったわよ。部屋の中は見たの」
「いいや、まだ」と、叶方は言った。父親は、関心のないふりを装っているのか、両手に持った新聞を広げたまま、組んだ足をため息混じりに入れ替えた。
「そういえば、今って何時」叶方が言うと、父親が顔を上げて言った。
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肉片(ミンチ)な彼女(49)

2016-12-08 20:09:31 | 「肉片(ミンチ)な彼...

 ――――……

 夢の中だった。
 京卦は、叶方に背中を向けて立っていた。
 どことも言えない場所だった。明るい色が甘いマーブルのように混ざり合い、雲のようにうごめいて、ゆっくりと渦を巻いていた。制服を着た後ろ姿は、両手に鞄を持ったまま、じっとして動かなかった。
「もう少しで、また会えるよな」叶方は、思わず声を出していた。
 京卦は、なにも答えなかった。近づこうとする叶方だったが、足を踏み出すたび、京卦は同じだけ離れていき、二人の距離は決して縮まらなかった。
「絶対、助けるから」立ち止まった叶方が、息を切らせながら言った。「もう少しで、また会えるよな」
 不意に、京卦が振り返った。その顔は、べそをかいているようだった。はじめて見る表情だった。悲しみをたたえた目が、じっと叶方を見ていた。どういう事なのか――叶方は足に力をこめ、なんとか京卦のそばまで行こうとした。
 泣きそうな顔をしている意味が知りたかった。ひと言でもいい、訳が聞きたかった。
 だが京卦は、あきらめずに走り続ける叶方を避けるように背中を向け、あっという間に姿が見えなくなるほど、遠く離れていってしまった。
「絶対、助けるからな」叶方は、声を限りに叫んだ。
 まぶたの裏側が、暗くなった。幕を下ろしたようだった。すべての光が消え去り、気がつけば、まぶたの向こうを別の光が照らしていた。
 ひさびさに見た、京卦の姿だった。
 しかし、寝ていたときに見たのか、青い鎧をまとって、うつつのまま戦っていたときに見たのか、自分の事ながら、どちらともはっきりしなかった。
 叶方は、ゆっくりと目を開いた。
 自分のベッドで目を覚ました叶方は、笑みを浮かべながら、大きくあくびをした。
 もう少しで、京卦に会える。
 京卦の姿が、はっきりと記憶に残っていた。現実に見たのではなかったか、そう信じたくなるほど、ありありとした幻だった。息をするたび、希望で胸が破裂しそうだった。
 どのくらい眠っていたのか、深夜に帰ってきたとはいえ、窓に映る光はとっくにたそがれていて、やさしい赤色に染まっていた。
 何時なのか――。叶方は時計を見た。どうしたわけか、見上げた壁にあるはずの時計がなくなっていた。起きたばかりで、まだ頭がはっきりしていないせいだろうか。自信の無いまま、最近壁に掛かっていた時計をはずさなかったか、記憶をたどった。どうにも思い出せないまま、舌打ちをして枕の横を手で探ったが、眠る前に置いたはずの携帯電話も、見あたらなかった。
「なにやってるんだよ」と、叶方はふて寝をするように寝返りを打ったが、すぐに思い直して顔を上げ、暖かな布団から跳ね上がった。
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肉片(ミンチ)な彼女(48)

2016-12-08 20:09:31 | 「肉片(ミンチ)な彼...

 ――――……

 夢の中だった。
 京卦は、叶方に背中を向けて立っていた。
 どことも言えない場所だった。明るい色が甘いマーブルのように混ざり合い、雲のようにうごめいて、ゆっくりと渦を巻いていた。制服を着た後ろ姿は、両手に鞄を持ったまま、じっとして動かなかった。
「もう少しで、また会えるよな」叶方は、思わず声を出していた。
 京卦は、なにも答えなかった。近づこうとする叶方だったが、足を踏み出すたび、京卦は同じだけ離れていき、二人の距離は決して縮まらなかった。
「絶対、助けるから」立ち止まった叶方が、息を切らせながら言った。「もう少しで、また会えるよな」
 不意に、京卦が振り返った。その顔は、べそをかいているようだった。はじめて見る表情だった。悲しみをたたえた目が、じっと叶方を見ていた。どういう事なのか――叶方は足に力をこめ、なんとか京卦のそばまで行こうとした。
 泣きそうな顔をしている意味が知りたかった。ひと言でもいい、訳が聞きたかった。
 だが京卦は、あきらめずに走り続ける叶方を避けるように背中を向け、あっという間に姿が見えなくなるほど、遠く離れていってしまった。
「絶対、助けるからな」叶方は、声を限りに叫んだ。
 まぶたの裏側が、暗くなった。幕を下ろしたようだった。すべての光が消え去り、気がつけば、まぶたの向こうを別の光が照らしていた。
 ひさびさに見た、京卦の姿だった。
 しかし、寝ていたときに見たのか、青い鎧をまとって、うつつのまま戦っていたときに見たのか、自分の事ながら、どちらともはっきりしなかった。
 叶方は、ゆっくりと目を開いた。
 自分のベッドで目を覚ました叶方は、笑みを浮かべながら、大きくあくびをした。
 もう少しで、京卦に会える。
 京卦の姿が、はっきりと記憶に残っていた。現実に見たのではなかったか、そう信じたくなるほど、ありありとした幻だった。息をするたび、希望で胸が破裂しそうだった。
 どのくらい眠っていたのか、深夜に帰ってきたとはいえ、窓に映る光はとっくにたそがれていて、やさしい赤色に染まっていた。
 何時なのか――。叶方は時計を見た。どうしたわけか、見上げた壁にあるはずの時計がなくなっていた。起きたばかりで、まだ頭がはっきりしていないせいだろうか。自信の無いまま、最近壁に掛かっていた時計をはずさなかったか、記憶をたどった。どうにも思い出せないまま、舌打ちをして枕の横を手で探ったが、眠る前に置いたはずの携帯電話も、見あたらなかった。
「なにやってるんだよ」と、叶方はふて寝をするように寝返りを打ったが、すぐに思い直して顔を上げ、暖かな布団から跳ね上がった。
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肉片(ミンチ)な彼女(47)

2016-12-08 20:08:42 | 「肉片(ミンチ)な彼...
 先に立ち上がったビムルが、杖を両手で持ってなにかを口ずさみ、青騎士に向かって振りおろした。
 カッ――と、青白い光がさらに真っ赤な火花を伴って宙を裂いた。腰を抜かしそうなほどの衝撃が、部屋中に轟いた。
「無駄遣いはやめなって」と、どこからかカリンカが姿を現した。ビムルの放った一撃が、屈折するように進路を変え、すべてカリンカの手元に吸い取られていった。
 激しい火花に照らされたカリンカは、ガラスの小瓶を抱きかかえていた。青白い光は、カリンカが持つ小瓶の中に次々に流れこんだ。
 妖しい光を放っているとも、神々しいオーラをまとっているとも見える液体が、ゆらゆらと波打ちながら、ビムルの放った一撃をするすると飲みこんだ。
「マムルもその中か」と、ビムルが唇を噛んだ。
「安心しな、誰も命を落としちゃいないよ」と、カリンカが言った。「ただこの瓶の底で、持っている魔力を全部吐き出してもらっているだけさ」
「――ひどいことを」と、ビムルが言い終わるより早く、立ち上がった青騎士が、両手に持った剣をビムルの真正面から振りおろした。
 サクリ――と、頭上から振りおろされた剣が、ビムルの体を真っ二つに断ち切った。
 声を出すまもなく、ビムルの体が光の粒子に変わった。チラチラと瞬き揺れる光の粒子が、吸いこまれるように、カリンカが持った小瓶の中に勢いよく流れこんでいった。

「ククク……」と、カリンカが笑った。「これでひと段落かねぇ」

 小瓶の蓋をポフンと閉じると、剣を構えた青騎士がくるりと振り返った。
「ちょっと、冗談じゃないよ」カリンカがあわてて瓶を自分の背中に回した。「もう敵はいないんだ、さっさと姿を消しなってば」
 青騎士は、足もとのカリンカに向かって剣を構えていた。だが、カリンカの声が聞こえたのか、剣を振りおろそうとしたまま、はたと動きを止めた。叶方が目を覚ましたのは、そのすぐ後だった。
「――どうなったの」と、ぼんやりと目を開いた叶方が言った。
「もう終わったよ」小瓶を抱きかかえたカリンカが言った。
 叶方が見ると、気を失う前よりも部屋の中が荒れ果てていた。部屋中が黒くすすけ、焼け焦げた臭いで息苦しかった。
「鎧が消える」と、叶方は自分の両腕を交互に見ながら言った。それまで身につけていた鎧が、みるみるうちに透きとおり、空気に溶けていった。
「ほら、あいつらが置いていったよ」
 ひょこひょこと歩くカリンカの先には、京卦の右腕が落ちていた。なにかをつかもうとしているかのように、指先をぐっと宙に広げていた。
「どこも傷ついていないかい」叶方は言いながら、そっと腕を拾い上げた。
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肉片(ミンチ)な彼女(46)

2016-12-08 20:07:52 | 「肉片(ミンチ)な彼...
 マムルが、見開いていた目を閉じ、ぐったりと力なく崩れ落ちた。片手で支えられなくなったビムルは、マムルをそっと横たえると、逃げるカリンカに向けて杖を振るった。
 青白い光が、空気をびりびりと振るわせながら走り抜けた。焼け焦げた壁の匂いが、鼻をついた。
「愉快だねぇ」と、笑いながらカリンカが言った。「当たりゃしないよ。それよりすぐに逃げた方がいいんじゃないのかい。もうそろそろ目を覚ますころだよ」
 宙に浮かぶカリンカが、大きく弧を描いて廊下の奥に消えた。クツクツと、いやらしい笑い声が遠ざかっていった。
 ビムルは一人、薄暗い部屋に立っていた。青い鎧をまとった叶方が、うつろな目をしたまま、立ち上がろうとしていた。マムルは、横になって膝を抱え、苦しそうな息をしていた。
 短い杖を構えたビムルの目の前に、青騎士が立ち上がった。顔と頭以外、青い鎧が叶方の体をすべて覆っていた。手には、どこから取りだしたのか、両刃の剣が握られていた。

 ズドドン――。と青白い火花が走った。

 ビムルの振るった一撃だった。叶方は、雷のように襲いかかってきた火花を、手にした剣を振るって粉みじんにしてしまった。剣を構えたまま切っ先を下げた叶方の目は、うつろで焦点が定まっていなかった。素早く剣を振るったのは、叶方の意志ではないのかもしれなかった。鎧自身が判断をして、剣を振るったようだった。
「――逃げて」と、マムルがビムルを見上げて言った。
「おまえを置いてはいけない」
 マムルを抱え上げたビムルは、カリンカが消えた廊下に向かって走り出していた。
「だめ、追いつかれるわ」
 と、ガタピシと鎧を鳴らしながら、重い足取りで近づいてきた青騎士が、片手に持ち替えた剣をビムルの背中に振りおろした。
 かろうじて剣をやり過ごしたビムルだったが、居間の扉が目の前で閉まった。唇を噛みながらノブを回したが、ドアはビクリとも動かなかった。
「あいつだな」と、ビムルはくやしそうに言った。
「だめ、逃げて」
 騎士の振り下ろした剣が、閉まっていたドアを断ち割った。ドアの手前にいた二人は、剣を避けるのが精一杯だった。床に投げ出されたマムルが、後ろに手をつきながら体を起こした。手には、隠し持っていた杖が握られていた。
「あなたは、早く逃げて――」
 立ち上がったビムルが、青騎士の後ろからマムルに駆け寄ったところだった。マムルが振るった杖よりも早く、青騎士の振るった剣がマムルの体を切り裂いた。
「あっ……」と、ビムルは声を飲みこんだ。
 青騎士に切られたマムルの体が、光の粒子になって宙に舞い上がった。おぼろに浮き上がった輪郭が、チラチラと瞬きながら溶けるように消え去っていった。
「――マムル」と言いながら、ビムルが勢いのまま廊下に転げ倒れた。後ろから衝突された青騎士が、倒れたビムルに遅れて廊下に倒れ伏した。
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