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アマガエルは、時間が進むほど熱を帯びてくる席を、逃げ出すようにして店を出た。
「やれやれ」
と、思わず、ため息がもれた。
先に店を出たニンジンの姿は、とっくに見えなくなっていた。
「なんにもなきゃ、いいんですけどね」と、アマガエルは、ぽつりとつぶやいた。
「――んっ」
と、けたたましいサイレンが、遠くから聞こえてくるのがわかった。
店の外に出てくる前、席を立つタイミングを計ってカウンターで休んでいると、店の端に置かれたテレビが、緊急中継を始めた。
店内が騒がしく盛り上がっている中、内容はほとんど頭に入ってこなかったが、宝石店で、警官隊が大勢出動する事件があった、というテロップが、大見出しに映し出されていた。
どうやら、その現場から聞こえてくる、サイレンのようだった。
アマガエルは、襟元に吹き込む風に身震いをして、ぶるりと首をすくめた。
10月を過ぎると、真夜中の寒さは、ひたひたと身近に迫って来る冬を、嫌でも意識させた。
大通りに近い、居酒屋だった。刺すような冷たい風が、温かそうに輝く赤い提灯を、誘うように揺らしていた。
檀家の顔見知りから、おいしい店があると聞いて、いつか行ってみたいと考えていた。
いつ行こうか、決めかねていた所に、ニンジンの退院が重なった。
表向きには、退院のお祝いだった。しかしその実、ニンジンの警護が、本当の目的だった。
教団が、水を打ったように息をひそめてから、もう1ヶ月が過ぎていた。
行方不明になっている子供達が出てこなければ、為空間から、たった一人だけ戻って来たニンジンが、悪魔の居場所を知る手がかりとして、つけ狙われると考えていた。
悪魔――いや、魔人の息の根を止められなかった教団は、布教活動も休止するほど、ぴたりと動きを止めていた。
放火事件の関係者として、ニンジンを監視している警察の目をかわしつつ、襲いかかるタイミングを計っているとばかり思っていたが、退院したニンジンが言っていたとおり、教団は、魔人の逆襲を恐れているのかもしれなかった。
しかし、仮にそうだとして、行方不明になった子供達と、最後まで行動を一緒にしていたニンジンが、次のターゲットになっても、おかしくはなかった。
本人は、子供達がどこに行ったか、覚えていないと言っていたが、人間を石に変える奇妙な術を使う連中なら、記憶の奥底に沈んでいる記憶を引き出すくらい、朝飯前かもしれなかった。
居酒屋を出たアマガエルは、先に店を出たニンジンと同じく、大通りとは反対方向にある地下鉄の駅に向かった。
まだ忘年会も先のイベントで、終電に近いとはいえ、地下鉄が走っている時間のせいか、落ち葉をカサカサと鳴らしながら吹く風の中、ちらほらと、道行く人達の姿があった。