さて、怪我人はどこに行ったのか――と、道路の先を見ながら顔を上げたアマガエルは、あきれたように、ため息をついた。
「しっかし。あの人も、よくよく面倒ごとに巻きこまれる性分ですね」と、アマガエルは言った。
顔を上げた先には、ニンジンの探偵事務所があった。
根拠があるわけではなかったが、火薬の匂いを身に纏った怪我人を、どこかに連れて行った人間がいるとすれば、町中を探しても、それほど多くいるとは思えなかった。
しかも、この時間にここを通りかかるほど、都合よく現れただろう人間は、ニンジン以外に思いつかなかった。
「――」と、アマガエルは苦笑を浮かべつつ、寺に向かって、道を曲がっていった。
歩き始めてすぐ、力強い足音が、後ろをついてくるのがわかった。
決して、あとをつけているのを隠すような、足音を殺して、あとをつけているのを誤魔化すような、そんな歩き方ではなかった。むしろ、早く立ち止まって、後ろを見ろ、とでも言いたげな、そんなあからさまな様子だった。
店を出てから、少なくとも地下鉄の駅までつけてきていた人間とは、明らかに別の人間だった。
アマガエルは、わざと遠回りに寺に向かいながら、よさげな場所を探していた。
と、公営住宅が立ち並ぶ団地の足元に、心ばかりの遊具が設えられた小さな公園を見つけて、アマガエルはひらり、と足を向けた。
ジャンパーのポケットに両手を入れたアマガエルは、冷えた体を身震いさせながら、後ろを振り返った。
大きな歩幅で後ろからやってくる影は、スチールの低い柵で仕切られた公園の出入り口を抜け、アマガエルの方に向かってきた。
道路を照らす街灯に、ちらりと浮かび上がった顔は、肩幅の広い、がっちりとした体躯には不釣り合いな、高校生くらいの、幼さがわずかに残る顔立ちだった。
「誰か、お探しですか」と、アマガエルが言った。
公園に生える芝を踏みしめながら、男は距離を取ってアマガエルの前に来ると、立ち止まった。
「沙織はどこだ」
と、言った男の声には、顔立ちだけではなく、やはり高校生のような、太すぎないやや高めの響きがあった。
「はて、誰のことでしょうか」と、アマガエルは首を傾げて言った。
「――」と、男は、むっと唇を引き結んでいた。
「ここに来るまで、誰か別の人間がいたと思うんですけど」