サトルが感心していると、人魚がちらっと後ろを振り返って手を振りながら、ちゃぷんと水の中へ潜っていきました。サトルが、さっそくごちそうにありつけるぞ、と丸太の舟を漕ぐ手に力をこめると、ガッチが「止せ、止せ」と手を振って舟を止めさせました。
「どうしたのさ。早くごちそうになろうよ」と、サトルは少し苛立ちながら言いました。
「ちょっと待て、様子を見よう」
ガッチの真剣な態度に、サトルもおとなしく従うしかありませんでした。しかし心の中では、早くガッチの疑いが晴れて、小島のような家にお邪魔して、おいしいごちそうにありつきたいと思っていました。
「あら、早くいらっしゃいよ。なにしてるの――」と、水面に上がってきた人魚が、しびれを切らしたように言いました。
サトルは、もうそろそろいいかな、と船を漕ぎ出しました、まだ疑っているガッチは、じっと人魚の様子をうかがっていました。
「ねぇ、早くいらっしゃいよ。どうしたっていうの」と、人魚は怒ったように、小島の家の前をぐるぐる回り始めました。
サトルは、人魚をこれ以上怒らせると、せっかくのごちそうにありつけないかも、と思いましたが、ガッチが頑として動こうとしないので、もうどうにでもなれ、とガッチにまかせることにしました。
「ねぇ、早く! 早く来なさいったら!」
と、人魚は人が変わったように、ヒステリックに言いました。
人魚は、その場で何度も回って見せたり、なにをあせっているのか、小島の家と舟の間を何度も行き来しました。
「あっ……」と、サトルが声を漏らしました。川面に浮かぶ小島の下の方で、ピカッと二つの光が点滅したように見えたのでした。サトルは、ガッチの言うとおり、急に人魚が怪しく感じられました。
「いやだね。お前の家なんか行きたくもない。ごちそうしてくれるってんなら、この舟まで持ってきてくれ。それじゃなきゃ、さっさと向こう岸に向かってくぜ」と、ガッチが言いました。
これを聞いた人魚は、どうすればいいか迷っているようでしたが、しばらく考えていると、「いいわ」と言って、こちらに近づいてきました。けれどその手には、もちろんごちそうなどひとかけらも持っていません。
「おい、約束が違うじゃないか。おれはごちそうしてくれるって言われたから、来たんだぞ。なんだって手ぶらで――」
突然、人魚が目の前で沈んだかと思うと、花火のような水しぶきを立て、いきなりサトルに飛びかかってきました。人魚の目は、これまでとは打って変わって、死んだ魚のような、まるで精気のかけらすらない光をたたえていました。それも、ある意味では当然のことかもしれませんでした。なぜかといえば、サトルに飛びかかって来た人魚には、かろうじて光に反射した時にだけそれとわかる、蜘蛛の糸のような細い糸が、体中に巻きつけてあったのでした。
「どうしたのさ。早くごちそうになろうよ」と、サトルは少し苛立ちながら言いました。
「ちょっと待て、様子を見よう」
ガッチの真剣な態度に、サトルもおとなしく従うしかありませんでした。しかし心の中では、早くガッチの疑いが晴れて、小島のような家にお邪魔して、おいしいごちそうにありつきたいと思っていました。
「あら、早くいらっしゃいよ。なにしてるの――」と、水面に上がってきた人魚が、しびれを切らしたように言いました。
サトルは、もうそろそろいいかな、と船を漕ぎ出しました、まだ疑っているガッチは、じっと人魚の様子をうかがっていました。
「ねぇ、早くいらっしゃいよ。どうしたっていうの」と、人魚は怒ったように、小島の家の前をぐるぐる回り始めました。
サトルは、人魚をこれ以上怒らせると、せっかくのごちそうにありつけないかも、と思いましたが、ガッチが頑として動こうとしないので、もうどうにでもなれ、とガッチにまかせることにしました。
「ねぇ、早く! 早く来なさいったら!」
と、人魚は人が変わったように、ヒステリックに言いました。
人魚は、その場で何度も回って見せたり、なにをあせっているのか、小島の家と舟の間を何度も行き来しました。
「あっ……」と、サトルが声を漏らしました。川面に浮かぶ小島の下の方で、ピカッと二つの光が点滅したように見えたのでした。サトルは、ガッチの言うとおり、急に人魚が怪しく感じられました。
「いやだね。お前の家なんか行きたくもない。ごちそうしてくれるってんなら、この舟まで持ってきてくれ。それじゃなきゃ、さっさと向こう岸に向かってくぜ」と、ガッチが言いました。
これを聞いた人魚は、どうすればいいか迷っているようでしたが、しばらく考えていると、「いいわ」と言って、こちらに近づいてきました。けれどその手には、もちろんごちそうなどひとかけらも持っていません。
「おい、約束が違うじゃないか。おれはごちそうしてくれるって言われたから、来たんだぞ。なんだって手ぶらで――」
突然、人魚が目の前で沈んだかと思うと、花火のような水しぶきを立て、いきなりサトルに飛びかかってきました。人魚の目は、これまでとは打って変わって、死んだ魚のような、まるで精気のかけらすらない光をたたえていました。それも、ある意味では当然のことかもしれませんでした。なぜかといえば、サトルに飛びかかって来た人魚には、かろうじて光に反射した時にだけそれとわかる、蜘蛛の糸のような細い糸が、体中に巻きつけてあったのでした。