くりぃーむソ~ダ

気まぐれな日記だよ。

地図にない場所(76)

2020-06-18 18:39:58 | 「地図にない場所」
「ヒッヒッヒッ……どうだ、驚いたか――」と、もう一人のサトルは、憎々しげに笑いました。「おまえがサトルであったのは、ここまでだ。ここからは、おれがサトルになる……本物のな」
 青騎士は言うと、胸に乗ったサトルをはね除け、ゲンコツで殴りかかってきました。サトルは、倒されたまま転がり、すんでの所で、青騎士のゲンコツを避けました。

「いや、おまえになんかぼくはやらない……。ぼくは、ぼくだけだ――」

 サトルは素早く立ち上がると、両手にゲンコツを握って、思いきり飛びかかっていきました。青騎士とサトルは、激しくぶつかり、離れてはまたぶつかり、鎧がガシャガシャと音を立て、サトルの骨がギシギシと鳴り、互いに自分自身を傷つけ合いました。
 青騎士にぶつかり、ぶつかられる度に、なにか自分の中でうやむやになったものが、少しずつ消えていくような気がしていました。
 サトルは、青騎士であるもう一人の自分とぶつかり合いながら、なにか自分の中のもやもやが消えていくような、奇妙な感覚を味わっていました。もちろん、それには苦痛もともないました。叩かれたまぶたは腫れあがり、ほとんど前は見えませんでした。手の皮も剥け、唇からは鉄の味がする血が流れていました。
 もう一人の自分のくせに、青騎士は想像以上に強く、サトルは膝ががくがくして、立っていられないほどでした。なのにそれとは逆に、サトルの心はますます晴れ上がり、血を流しながらも、笑顔が湧いてくるほどでした。
「――終わりだな」
 青騎士が、固い鎧をはめたゲンコツで、サトルを叩きました。サトルはたまらずよろけると、間髪を入れずに、青騎士がサトルの喉に組みついてきました。
 サトルは苦しさに耐えながら、なんとか腕をはずそうと、青騎士の腕の中で激しく暴れました。
「フッハッハッハッ……。早く消えろ、おれの幻。――ハッハッハッ……」と、青騎士が、喉の奥まで見えるほど、大口を開けて笑いました。
 勝利を確信した青騎士でしたが、あきらめずに激しく暴れたサトルが、思わず足を踏み外すと、二人共々、赤の川にもんどり打って倒れてしまいました。
 ドシャー……。
 と、赤の川がしぶきを上げ、あっという間に二人は流されていきました。
 赤の川は、ほんの一瞬流れを乱しただけで、すぐに元の静けさを取り戻しました。川の中に落ちた二人は、どちらも浮かび上がって来ませんでした。
 と、川岸で手が伸び、必死に岸の砂を握りしめました。

「プハーッ……」

 と、川の中から出てきたのは、サトルでした。
 赤の川の底に沈んでいたため、すぐには水面に上がれず、砂に突っ伏したまま、苦しそうな息をついていました。

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