くりぃーむソ~ダ

気まぐれな日記だよ。

地図にない場所(37)

2020-05-10 19:18:23 | 「地図にない場所」
         5
「はあ。まだ向こう岸は見えないねぇ」と、サトルがため息交じりに言いました。
「ふう。まだ見えねぇなぁ」と、ガッチが気の抜けた調子で言いました。
 二人は、あやつり人魚から逃れ、交代で丸太舟を漕いでいました。しかし、何度交代しても、それぞれがへとへとになるまで漕ぎ続けても、向こう岸は見えてきませんでした。
 そうしているうちに、だんだんと丸太舟を漕ぐ手が言うことを聞かなくなり、二人ともやる気を失って、ぼんやりと、まるで大切な回路が抜け落ちたロボットのように、うつろな表情となってしまったのでした。
 板切れのオールが、パシャパシャと弱々しく水をかいていました。二人はもう長いこと、ゆるゆるとした川の流れに舟をまかせていました。時間の感覚をなくすほど、長く漂っていました。
「どうなっちまってんだ、この川は。いくら大きい川だからって、いいかげん向こう岸くらい見えたっていいんじゃねぇか。いつまでたっても水平線しか見えねぇ。こんなのありかよ――」と、ガッチが言いました。
「今、どの辺なんだろう。もう、ずいぶん進んだと思うんだけど――」と、サトルが丸太舟を漕ぎながら言いました。けれど、手にはほとんど力が入っていませんでした。舟を前に進めるには、まるで物足りませんでした。
「まるでわかんねぇや。こう水とばかりにらめっこしてると、自分が魚になっちまったみてぇだぜ」と、ガッチがあくびをしました。
「あっ、風が出てきた……」と、サトルが言いました。
 川面を、小魚の群れのようなさざ波が、丸太舟を揺らして過ぎていきました。ここまで静かだった川がわずかに暴れだし、うっすらと白く靄がかかり始めました。風は次第に強さを増し、それにつれて靄もだんだんと濃度を増していきました。ついには、辺り一面に立ちこめた靄で、二人はすっぽりと覆われてしまいました。
「くそっ、これじゃなにも見えねぇ。またさっきみたいな化け物に出くわしたら、それこそ一巻の終わりだぜ」と、ガッチが苛立ち気味に言いました。
 ガッチの声が聞こえたのか、バシャバシャと水を叩く音が聞こえました。濃い靄に囲まれた二人にとって、これは最も避けたい状況でした。激しく水を叩く音は、なにかの魚の群れのようでした。しかし、それが危険ではない、普通の小魚なのか、それとも凶暴な、大型の魚のものなのか……。まんじりともしない、ピリピリとした時間が過ぎていきました。

「なんだったんだろう、あの音――」と、サトルが耳をそばだてながら言いました。

 二人を不安にさせた水音は、しばらく鳴り続けたあと、だんだんと小さくなっていき、そのうちに、ふっと消えてしまいました。
「ちぇっ、あわてさせやがるぜ……」と、ガッチが胸をなで下ろして言いました。
 二人は、いつ果てるともない川を、また漂い始めました。もはや板切れのオールで舟を漕ぐ者もなく、静かな、ゆったりとした流れに舟をまかせたまま、ゆるゆると下流へ進んでいきました。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 地図にない場所(36) | トップ | よもよも »
最新の画像もっと見る