山口大学山岳会

山口大学体育会山岳部のOB、現役部員、及びOBの山岳関係者の情報交換、近況報告を目的にしたブログ

鹿島槍ケ岳山行

2010年09月30日 16時15分16秒 | Weblog
 9月20日 朝6時マイカーにて広島を出発する。竹本、吉野、淺田で運転を交代しながら高速道をひた走る。午後4時過ぎには雲を被った有明山が見えてくる。ほかの後立山連邦は雲の中である。5時過ぎには信濃大町の山岳旅館伊藤に入る。明日からの天気の良いこと、安全を祈ってビールで乾杯する。明日からは岐阜の松隈さんも加わる。
 9月21日 朝起きると曇りである。大町温泉の叶屋旅館で松隈さんと待ち合わせなので早めに出て待つことにする。しばらく走るとフロントガラスポツポツと雨が落ちる。こんなはずではなかったのに。旅館に着くと松隈さんは到着されている。再開の挨拶もそこそこに松隈さんの車で扇沢に向かう。近づくに従って小雨から本降りになってくる。カッパを着るためバスセンターまで行き着替えてから登山口まで引き返す。車を置いて8時30分に歩き始める。雨で視界の利かない柏原新道を黙々と歩く。ゆっくりとしたペースで何回も小休止をとりながら、稜線にある種池小屋に午後1時30分に到着する。誰もいない自炊室を陣取り夕食までビール、焼酎、ウイスキ-で酒盛りとなる。時々外が明るくなる。その時は爺ケ岳が姿をあらわす。酒と尽きない話で時間は直ぐ経つ、天気予報を見ると明日、あさっても前線が停滞するようだ。4人で十分の部屋を貰い消灯前には寝ていた。
 9月22日 朝起きてみると雨の上に風である。とにかく予定通り鹿島槍に行くことにし7時10分出発する。稜線は結構風が強い。爺ケ岳の稜線を登っていると。白が混じった雷鳥が我々を案内するように前を進む。爺ケ岳のまき道を通り冷池小屋に到着する。手続きを済ませ、必要なものだけ持って鹿島槍の頂上に向かう。布引岳の手前辺りから黒部より吹き上げる風が強くなる。バランスを崩すとフラフラする。ようやく南峯に到着するが雨と強風にせめられ長居はできない。天野、地崎両君の追悼登山の意味もあるので、銅版のプレートを探すが見つからない。以前ご両親と一緒の部の慰霊登山で来ているのに位置の記憶かあいまいになっている。あきらめ、合掌して許してもらう。あの時の二人のお母さんの姿が目に浮かんで仕方がない。
 午後2時過ぎ小屋に着く。一応目的を果たしたので一安心である。今日も人のいない自炊室で山岳部時代の山行を肴に酒がはずむ。
 9月23日 夜中には雷雨であったが、朝は雷はない。7時過ぎに小屋を出る。吉野、竹本さんは赤岩尾根ルートで降りる。後は来た道を降りることにする。松隈さんと淺田はかって降りたことがあるので別れる。私たちが扇沢に下りて車で鹿島まで迎えに行くことにする。12時過ぎに扇沢に下り直ちに鹿島に向かう。爺ケ岳スキー場を過ぎ鹿島に入ったあたりで二人に出会う。
 今夜の宿、泊叶屋旅館に入り、濡れた服を脱ぎ温泉に飛び込む。これで三日間の雨の山行も忘れてしまう。そのあとは久しぶりのご馳走と酒と話で時の経つのを忘れました。つぎの計画も熱く語られました。
 9月24日 松隈さんと別れ大町山岳博物館を見学しました。山の装備の歴史、氷壁で話題になったナイロンザイルなど興味深く見学できました。
  淺田記