三日がかりで書いた書類が、一瞬にして消えてしまう。あってはならないことなので、何度も保存しながら書き進めていたが、最後の段階で、スマホに転送するところで何が起こったか、全てが吹っ飛んでしまった。メーカー、サイト運営会社に問い合わせても、いずれも打つ手なし。冷たく「もう一度ご入力ください」。悲しいというより、このこと自体をどう考えるべきなのか、思い巡らさざるを得なかった。
これはやっぱり良くない兆候で、止めとけということなのか? また変な目で見られることを覚悟で、お茶を一緒したフランス人に言ってみたら、彼女にも似たようなことはあったし、同じふうに考えたと言う。ただし、調子に乗って「袖ふりあうもたしょうの縁」なんて言い出すと、とんでもない変な奴、てなことになりかねないんだな。
ともかく、データのことは、彼女も相当に心配してくれて、スマホを一生懸命調べたりとか、絶対にデータを失わない方法を伝授してくれたりと、珍しくシュンとなったぼくを慰めたりしてくれているうちに、話題は明日の晩のフランス語による心理ゲームのパーティーへと移っていった。それは面白そうで、ぼくも前から楽しみにしていた。
お陰で、だいぶ気力も戻った。さすがにキーボードは叩く気がしなかったので、音声入力に切り替え、一時間、パソコンに向かって、記憶を頼りにしゃべりまくり、書類を仕上げた。
これはやっぱり良くない兆候で、止めとけということなのか? また変な目で見られることを覚悟で、お茶を一緒したフランス人に言ってみたら、彼女にも似たようなことはあったし、同じふうに考えたと言う。ただし、調子に乗って「袖ふりあうもたしょうの縁」なんて言い出すと、とんでもない変な奴、てなことになりかねないんだな。
ともかく、データのことは、彼女も相当に心配してくれて、スマホを一生懸命調べたりとか、絶対にデータを失わない方法を伝授してくれたりと、珍しくシュンとなったぼくを慰めたりしてくれているうちに、話題は明日の晩のフランス語による心理ゲームのパーティーへと移っていった。それは面白そうで、ぼくも前から楽しみにしていた。
お陰で、だいぶ気力も戻った。さすがにキーボードは叩く気がしなかったので、音声入力に切り替え、一時間、パソコンに向かって、記憶を頼りにしゃべりまくり、書類を仕上げた。
その男は、息を切らして画廊の階段を上がってきた。アメリカの救急医療の医師。働き盛りのがっしりした体つきをしている。
数日前の夕食会で出会ったが、連絡ミスで、再会が困難となっていた。重いリュックを背負い、ぼくのいるところを探し当ててきてくれた。
概してアメリカ人は苦手だが、医師同士ということもあって、彼とは急速に打ち解けることができた。何か、秘密の世界を共有している感じ。毎日血の海の中で過ごした経験の持ち主でなければ、絶対にわからない感覚というか、彼とは、無言の内に、すぐにその感覚を共有していた。
アメリカ各地の救急病院を転々とし、救急搬送を専門とする彼は、ぼくのアルバムの絵の中でも、外科的、解剖学的なものにたいそう関心を示した。「これは〜のオペだ」と言い当てるのも楽しんだ。
そして意外にも、いや、むしろ当然とよく理解できることとして、ダリの絵が好きで、スペインの美術館を隈なく追いかけたという。ヒエロニムス・ボッシュも大好きだった。血なまぐさい救急医療に追われる彼の渇きと孤独には、大いに共感できた。
長年ぼくが知りたかったのは、銃社会での救急医療の現場の生の話だった。その話題になると、急に彼の顔が極端なくらい悲壮に歪んだ。一言でアメリカといっても、地域によってずいぶんと違うんだそうだ。ヴァイアラントな地域の救急病院に勤めていた時は、年間、数千人も銃で撃たれ人が搬送されてきたとのこと。今勤めているところではほとんどないという。
短い時間で、ぼくたちは他にはない親友の気持ちを抱いていた。苦手なはずの英語も障害にならず、滑らかな語り口になっているのが不思議だった。
数日前の夕食会で出会ったが、連絡ミスで、再会が困難となっていた。重いリュックを背負い、ぼくのいるところを探し当ててきてくれた。
概してアメリカ人は苦手だが、医師同士ということもあって、彼とは急速に打ち解けることができた。何か、秘密の世界を共有している感じ。毎日血の海の中で過ごした経験の持ち主でなければ、絶対にわからない感覚というか、彼とは、無言の内に、すぐにその感覚を共有していた。
アメリカ各地の救急病院を転々とし、救急搬送を専門とする彼は、ぼくのアルバムの絵の中でも、外科的、解剖学的なものにたいそう関心を示した。「これは〜のオペだ」と言い当てるのも楽しんだ。
そして意外にも、いや、むしろ当然とよく理解できることとして、ダリの絵が好きで、スペインの美術館を隈なく追いかけたという。ヒエロニムス・ボッシュも大好きだった。血なまぐさい救急医療に追われる彼の渇きと孤独には、大いに共感できた。
長年ぼくが知りたかったのは、銃社会での救急医療の現場の生の話だった。その話題になると、急に彼の顔が極端なくらい悲壮に歪んだ。一言でアメリカといっても、地域によってずいぶんと違うんだそうだ。ヴァイアラントな地域の救急病院に勤めていた時は、年間、数千人も銃で撃たれ人が搬送されてきたとのこと。今勤めているところではほとんどないという。
短い時間で、ぼくたちは他にはない親友の気持ちを抱いていた。苦手なはずの英語も障害にならず、滑らかな語り口になっているのが不思議だった。
小説「珠」ー生みの苦しみと熱愛ーの英語版「The Pearl」が、日、仏、西語版に続き、Amazonにて出版されております。よろしくお願いいたします。

