雲上楼閣 砂造宮殿

気ままに自分勝手なブログ。徒然に書いたり、暇潰してみたり、創作してみたり・・・

カワラヌオモイ8

2012-01-27 23:47:20 | 宮 カワラヌオモイ
「でも、嬉しかったよ」
シンは伏せていた目をチェギョンに向けた。
そこには、あの頃と変わらぬ笑顔のチェギョンがいた。
「ありがとう、シン君」
途端、シンの胸が大きく鳴った。
「あ…あぁ…」
シンは何とも言えぬ高揚感に、涙が出そうだった。
月はいつの間にか低く、白銀色に輝いている。
長く伸びた二人の影が重なった。
「フフ…」
チェギョンの微かな笑い声が夜風に紛れた。
「…なんだ?」
「フ、久しぶりで…何だか照れるわ」
途端、シンの頬が緩んだ。
「お前は変わらないなぁ」
白銀の月はゆっくりと大きく、丸くなっていく。
シンは見上げるまでも無くなった月を、見るとも無しに見ながら、唇を湿らせた。
「オンは、よくやっている」唐突に呟かれた言葉に、チェギョンはシンを見た。
「ソヨンを見ていると、ユルと僕は従兄弟なんだと思い知らされる。時々の仕草が、よく似てる」
シンは、鏡の写し見のような従兄弟の顔を思い浮かべた。
かつて、一人の女性と帝位を巡り争った従兄弟は、時間が経ってみると自分自身だった。
「懐かしい」
シンの隣から小さな呟きが聞こえた。
はにかんだ妻の横顔に、シンの胸中でチリリと音を立てる物があった。
シンは苦笑を浮かべた。

カワラヌオモイ7

2011-12-07 23:59:07 | 宮 カワラヌオモイ
チェギョンはそこで一息ついてから、低い声で言った。
「だから、俺様王子病なのよ」
これに関して、シンは何も言い返せ無かった。
『プロポーズに成功したら、チェギョンと細やかでも良いから直ぐに式を挙げたい』
シンは、チェギョンは自分の妻だという証が欲しかった。
その思いが結婚式に行き着き、勢い余って、誰にも相談せず、ドレスとベールを用意させてマカオに持ち込んだ。
だが、勢いは長く続かない。
マカオに入った途端、自信は弱気に取って変わった。それが、チェギョンからのドッキリ紛いの返事の仕方で再燃した。
仕返ししたくなったのだ。
ブーケを現地で調達させ、近所の協会で慌ただしく式を挙げた。その後、緊張から吐き気を催したチェギョンを病院に送り届け、あっという間に帰国の途についたのだった。
「あり得ないよ、シン君」
無言のシンに、チェギョンは呟いた。
「だが、なぁ…」
あの時、あれがシンの精一杯だった。
あれがあったから、チェギョンを帰国させるまで頑張れた。
シンにとって、心の支えだったのだ。

カワラヌオモイ6

2011-12-07 23:57:16 | 宮 カワラヌオモイ
「何よぉ」
子どものように頬を膨らませたチェギョンの頬を、シンは手を伸ばすと人差し指で軽くつついた。
「本当に変わらないなぁ、チェギョンは」
そう言いながらシンは声を出して笑った。
「フフ、フフフ」
つられて笑い出したチェギョンの声も、夜の静寂に響いたのだった。
いつの間にか月は低く、乳白色に黄色いベールを掛けた色に輝いていた。
「さて、何の話をしていた?」
一頻り笑ったシンが、真顔でチェギョンにそう言った。
「ええと…」
チェギョンは顎に人差し指を当てて呟いた。
「マカオの話よ!」
チェギョンはニッコリ笑いながら、大きめな声でそう言った。
「あぁ、そうだ。それで、結婚式の話だっけ?」
「そう、結婚式よ」
チェギョンは少し、身を乗り出した。
シンは慌てて間にある瓶を取り上げたのだった。
「…ごめん」
シンはチェギョンを横目で見ながら呟いた。
「…なぜ、結婚式なんだ?」
「だって、あの時のシン君、強引だったもの」
強引と言われても、シンには思い当たらない。
不思議そうな顔をするシンに気付いたチェギョンが上目遣いで言った。
「プロポーズして、すぐに結婚式なんてあり得ないわ」
互いに見詰めたまま、沈黙の時間が流れた。
「…すでに、夫婦だったし?」
シンは、思い付く限りの答えを出した。
「何それ?」
チェギョンは納得しない。
「嫌、だったのか?」
シンにすれば、今さら否定されたら堪ったものではない。だから、その声は自ずと小さくなる。
「ううん」
「なら、何が不満なんだよ」
少し安心したせいか、シンの声が威圧的に響いた。
「だって、急に結婚式するぞ!って、ドレスも何もかも決まってて、アントニオもマリヤも誰も呼べなかったし。終わったら終わったで、帰っちゃうんだもん」

カワラヌオモイ5

2011-12-05 23:58:07 | 宮 カワラヌオモイ
「シン君…」
チェギョンはうつむき気味のシンに「でも」と続けた。
「何でも無いような思い出の方が、大事だったりするのよ?」
上目遣いでチェギョンはそう言った。
「そうか?」
どこか釈然としないシンは、月を見ながら酒を一気に流し込んだ。
「そうよ」
チェギョンは瓶を手に取ると、無言で差し出された杯に、無言で酒を注いだ。
トクトクと、注がれる音だけが辺りを満たす。
緩やかに吹く風が、懐かしい香りを運んだ。
「そう言えば、マカオでの事を覚えている?」
チェギョンは微かに首を傾げた。
「式を挙げた時の事か?」
シンは月からチェギョンへ視線を向けた。
「そう、あの時のこと」
「忘れるはずがない。いや、忘れられるものか」
そう断言したシンに、チェギョンは小さく笑った。
「なんだ?」
不思議そうなシンに、チェギョンはさらに笑った。
「だって…」
チェギョンは、シンをチラリと見上げた。
「やっぱり、シン君なんだなぁ、って」
シンは片眉の眉尻を上げた。
「?」
「シン君はシン君のまま…『王子病』は、変わらないってことよ」
そう言って朗らかに笑ったチェギョンに、シンは憮然とした。
「ならば、お前も変わらないだろうが。明朗病のシン・チェギョン」

カワラヌオモイ4

2011-12-04 23:19:24 | 宮 カワラヌオモイ
「何よ、さっきとは真逆のことを…」
「貸せ。自分で注ぐと婚期が遅れるそうだ」
シンは瓶を奪い取った。
「今さら…」
「2万5千年後にチェギョンの婚期が遅れたら、僕も遅くなってしまう」
シンのその言葉に、チェギョンは頬を染めて、実に嬉しそうに笑った。
「…なんだ?気持ち悪い…」
「ん」
チェギョンはシンの顔をチラリと盗み見た。
その目は優しく細められている。
「…今のって…プロポーズ…?」
シンは咄嗟に顔を正面に向けた。
「何を今さら…」
「シン君が照れてる~」
チェギョンは楽しそうに囃すようにそう言った。
「あ!」
「な、なんだ?!」
突然の大声に、シンは驚きの声とともにチェギョンを見た。
「まだ、あったじゃない、家族の思い出!」
チェギョンは得意満面で並べた。
「春のお花見に、秋は紅葉狩り、冬はみんなで雪だるまを作ったわ」
それらは、云わば家族の季節のイベントで、一般家庭ならば少なからず経験するようなものだ。
シンはチェギョンの横顔を眺めながら、人知れず小さなため息を漏らした。
「全て宮殿内だな…」
「でも、楽しかったわ。違ったの?」
チェギョンはシンを横目で見た。
「楽しかったさ。ただ、家族旅行とかは、余り行けなかったからな…」

カワラヌオモイ3

2011-12-03 22:55:14 | 宮 カワラヌオモイ

チェギョンはそんなシンを見ると、一瞬きょとんとしてから優しい笑みを浮かべた。
「あの夏は特にそう感じたのよ」
フフフとチェギョンの忍び笑いが風に乗ってシンの耳に届いた。
「実は悪阻が一番、酷かったの」
「そうなのか?」
「そうなのよ」
チェギョンが杯を空にすると、今度はシンがそれを満たした。
「僕にはオンの時が一番酷そうに見えたが」
シンはその時のことを思い出した。
あの時のチェギョンは初めての妊娠で、悪阻だってもちろん初めてだ。
いつ、何が原因で吐き気が襲ってくるのか分からない。
風邪とは違う吐き気に、チェギョンはかなり戸惑っていたのだ。
「だってシン君、オンを身籠って、困っているみたいだった」
シンは驚いてチェギョンに向かって身を乗り出した。
「違う!本当に嬉しかった…」
チェギョンはシンと視線を合わせると、しっかりと頷いた。
「分かってる。初めてで、二人とも戸惑っていたのよ」
チェギョンが空になった杯を差し出した。シンがそれに視線を落としてから、再びチェギョンを見た。
「…早くは、ないか…?」
呆れ気味に響く声音に、チェギョンは瓶を取り上げた。

カワラヌオモイ2

2011-12-02 23:28:57 | 宮 カワラヌオモイ
「こんな風に二人だけで酒を飲むのは、いつ以来だろうなぁ」
目をすがめたままにそう言うシンに、チェギョンは覗きこむように視線を合わせた。
「ん~、5年、6年?もっとかしら?いつも家族みんなで一緒だったからね~」
そう言いながら、チェギョンの笑みが深くなった。
「なんだ、どうした?」
そう言うシンの笑顔は至極、優しげだ。
「ねぇ、覚えている?」
チェギョンが視線を月に向けた。
「たった一度、家族で過ごした夏の日を」
「あぁ」
シンも懐かし気に、月を見上げた。
「あの日は、暑かったな…」
「でも、楽しかった」
「あぁ」
二人が見るのは遠い夏の日。まだシンが皇帝になる前、愛娘のソヨンが4歳、愛息のオンが2歳の時だ。
秋に譲位を決めた女王の計らいで、家族旅行が出来た最後の夏だった。
「ふふ、オンは初めての海に恐がって、ソヨンは大はしゃぎ、シン君は二人に手を焼いてたっけ」
チェギョンはシンを流し見た。シンは杯を傾けた。
「そしてチェギョンはヌンを身籠っていたな」
シンが空になった杯をチェギョンに差し出す。チェギョンは無言で杯を満たした。
「シン君はとぉ~っても優しかった」
満面のチェギョンにシンは不満気に呟いた。
「僕はいつも優しかった」と。

カワラヌオモイ1

2011-12-01 21:27:12 | 宮 カワラヌオモイ
空には蒼い月。
濡れ縁には酒で満たされた一つの小瓶と、揃いの杯が二つ。
そこに座するのは、一人の小さな影。
チェギョンは月を見上げて小さく息を吐いたのだった。
「待たせたな」
その言葉と共に現れたのは、長身の影。
チェギョンの大切な夫君イ・シンだ。
「シン君はいつも待たせた過ぎよ」
出逢った頃と変わらない可愛らしい笑顔でそう言うチェギョンに、シンもその頬に緩やかな笑みを浮かべた。
「ハハハ、悪かった」
そう言いながら小瓶を挟んでチェギョンと対になる位置に、腰を据えたのだった。シンが器に手を伸ばすと、チェギョンがすかさず波々とその杯を満たした。
「おぉ。貸せ」
そう言うとシンはチェギョンから小瓶を受け取った。チェギョンが両手で包むように杯を持つと、今度はシンが酒を波々と注いだのだった。
「では、乾杯」
シンは一息で干すと、リラックスした、ため息をはいた。
一方、チェギョンは舐める程度におさめたのだった。
「今日は、どうした?」
「ん?」
"たしなむ程度"のチェギョンのペースが悪いことを、シンは指摘した。
「久しぶりだから」
「そうか」
シンはそう言うと、チェギョンの横顔を眩しそうに眺めたのだった。